販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
セルビア『リツェウリツェ』販売者 ヴェスナ・アブラモヴィッチ
不安障害で、コミュニケーションに自信がなかった。販売者となって気づいた、知られざる自分の一面
ヴェスナがセルビアのストリートペーパー『リツェウリツェ』を知ったのは約5年前のこと。同誌はその頃、メンタルヘルスの治療を受けている人やその家族の自助団体「Dusa」とかかわりがあり、ヴェスナはこの団体の理事を務めていた。
「しばらくして販売者となりましたが、私は不安障害をもっていてパニックになってしまうことがあり、人から断られたり乱暴な態度を取られたりした時に自分がどう反応してしまうか、不安だらけでした。何よりもコミュニケーション能力にまったく自信がなかったのです」とヴェスナは言う。
初めて重い不安発作が起きたのは大学生の時だった。「大学では世界文学を専攻していましたが、常に自分を疑い、何に対してもうまくこなせる自信がありませんでした」。良い点数を取れた試験もあったものの退学し、社会学を学ぶ大学に入り直したが、3年目に入ると順風満帆だった学生生活が突如変わる。「集中力を保つのが難しくなってきて、すべてがどうでもよくなって無気力になったんです。授業にも出席できなくなって再び退学してしまいました」
その後メンタルクリニックに通い、雑誌販売の仕事を経て、ヴェスナの性格に少しずつ変化が訪れる。「不安感は薄らいでいき、この雑誌の使命もわかってきました。『リツェウリツェ』は社会の隅に追いやられた人を経済的に支援し、日の下に出てきて前向きになる方法を示してくれる雑誌なんです。自尊心が芽生え、私にも誰かとお茶をしたり友達をつくるきっかけができました」
さまざまな人と話すスキルが身につき、自分に対して素直になっていったというヴェスナ。「その結果、周囲の人にもオープンになり、相手も私に心を開いてくれるようになったんです。今は道行く人に微笑みかけると、その人も笑顔で返してくれます。人に好意を向けるのって素敵ですね。プラスのエネルギーを送り合うってことだから」と語る。
得たスキルのひとつは、ジョークをうまく使うこと。雑誌の値段に文句を言う人に「でもみんな、くだらないものにお金を使っているでしょう! この雑誌を買えば、ものの見方が広がるだけじゃなく、人道的な行いをすることにもなるんですよ」と言うそうだ。
「雑誌の販売で、知らなかった自分の一面に気づきました。お客さんに冗談を言うと、けっこう受けるんです。ジョークは子ども時代からの行動パターンをうまくコントロールするのにも一役買っています。今は心の中で葛藤が生じた時も、怒りで反応せずに感情をうまく抑えられます。(怒ってしまったら)私だけでなく、雑誌の評判にも影響しますから」
10年前から通っているクリニックでは、人生のパートナーにも出会った。「彼はさまざまなかたちで私を支えてくれていて、雑誌も一緒に売ろうと言ってくれましたが、この恐怖症と不安に向き合い、心の葛藤と対峙できるのは自分しかいないと思ったので断ったんです。最近、心の健康を保つには身体を動かすのが大いに役立つとわかりました。私は生涯をかけてずっと学び続けるでしょう。学ぶ力が、空飛ぶ翼を支える風になってくれるのです」
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
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