販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
『アイルランド・ビッグイシュー』販売者 ローザ
幼い頃から受け続けた、ロマのルーツに対する差別 難病で視力喪失、盲導犬と暮らす日々。お客さんの前向きな言葉や好意に力が沸く
1998年、英国と北アイルランドの境界あたりで車上生活を送っていたローザは、一緒に暮らしていた母と祖母の元を去った。当時は15歳、家族から年のかけ離れた男性と結婚するよう迫られていたからだった。ローザの家系ではこうした先例があったが、愛のない結婚や人生のレールを勝手に敷かれるのは不本意だと感じ、家を出る決断をした。
ロマ民族のルーツをもつローザは各地を放浪していたため、学校に通った経験がなかった。親元を離れたものの仕事に就ける年齢ではなく、ビッグイシューについて販売者に教えてもらう機会があり、15歳で自らも販売を始めるようになった。パスポートや身分証を所持していなかったため福祉制度の対象にはなれず、販売者仲間とテントで暮らす日々。雑誌販売が唯一の生きる術だった。
「子どもの頃から、人前では『スペインやイタリア系の血筋だ』と答えるよう、しつけられていました。事実を伝えるのは厳禁だったのです。 “部外者”との交流も許されていませんでした」。幼い頃からロマに対する差別に直面し、脅迫やいじめの被害にも遭うなどつらい日々を過ごしてきた、とローザ。「(各地を放浪する)私たちの生き方は理解を得られず、社会の常識に従って暮らすべきだと思われたのでしょう。受け継がれてきたロマ文化の多くがこうして失われました。孫やひ孫の時代には、跡形さえ残らないのではないかと心配しています」
民族的な背景にもとづく差別は、路上で浴びせられる心無い言葉によって今も続いている。「特に私の場合はロマだけでなく、アイルランドを放浪していた民族の血筋もあるため、より複雑な背景を抱えています。露骨な人種差別が路上で行われているのには唖然とさせられます」
そんな時でも隣で見守ってくれるのが盲導犬のキリャだ。ローザは難病のスタルガルト病で視力が10%にまで低下、線維筋痛症によって歩行に困難を抱えている。「キリャとパートナーになって8年が経ち、毛づくろいや身の回りの世話は私の生活の一部になりました。彼女が寄り添ってくれる時、私は安心していられるのです」
だがその反面、盲導犬と過ごせる場所を見つけるのは難しいことがわかった。緊急シェルターやホステルではペットとみなされるなど、宿泊を断られることも多い。「私は夜にベッドで眠れるよう、慢性痛に襲われながらも必死に日銭を稼いでいます。ですが、寝床か食事の一方をあきらめなければならない時や、病に臥せって動けなくなる日もある。求職の際も、障害が理由で書類落ちすることがほとんどで、他の仕事にも就けません」
それでもローザは独学で点字を習得するなど、自立を目指してきた。雑誌販売を始めて20年。「生活のための努力は惜しみません。日々6時間、私が路上に出ているのは決して物乞いのためではなく、働くために立っているのです」とローザは言う。「ハンディキャップに立ち向かう姿を肯定的に捉えてもらえる時はうれしいです。『がんばってるね、胸を張りなよ!』と声をかけてもらえるのも大きな励みになります。ちょっとした立ち話だけでもかまいません。前向きな言葉や人の好意に接すると力が沸いて、明るい一日を過ごせるんです」
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
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