販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
米国『ストリート・ジン』販売者 ゲイリー・キートン
ベトナム戦争に8年、退役後PTSDと薬物依存症に 路上で“社会の一員”と感じられる販売者の仕事
「僕は『ストリート・ジン』(以下『ジン』)創刊時からの販売者なんだよ」とゲイリー・キートンは言う。この16年間、彼は『ジン』の収入によって日々を営んできたが、新型コロナウイルスによって日常は一変。2020年4月号以来、テキサス州ダラスの『ストリート・ジン』は感染リスクを避けるため販売を休止した。
「つらかったね」とキートン。「『ジン』の母体である教会などの支援がなければ、間違いなくもっと苦しかっただろうけど」。その後、『ジン』はオンラインでの購入や寄付ができるようになった。キートンはその寄付のおかげで食料を買ったり、彼の足である自転車を修理することもできたという。
『ジン』と出合った時は、薬物依存症を抱えながら路上で生活していた。「『ジン』に出合っていなければ、薬物の過剰摂取で死んでいたかもしれない」と彼は話す。その後、当時暮らしていたテント村に退役軍人省の役人が来たことで、ベトナム戦争に8年間従事していたことが判明し、退役軍人向けの給付金を受給できることになった。「それから(薬物依存症の)リハビリ施設に入り、アパートにも入居できたんだ」
彼が軍に入隊したのは1969年のこと。「隊のリーダーとして2回遠征したんだ。見なくて済むなら済ませたかったことを、たくさん見てきたね」と語るキートンは、任務を終えてダラスに戻るとPTSDに苦しんだ。
実家とは疎遠だったが、自立しようと職を探し、結婚をし、息子も授かった。しかし、結婚生活は破綻。息子クレイトンの親権はキートンの手にわたったが、仕事に出かけるため息子を家で一人にする日々が続いた。そしてクレイトンは13歳の時に家を出てしまい、ほどなくしてキートンの路上生活が始まった。
その後15年間、ダラスの繁華街の路上が彼の家だった。ケネディ大統領が暗殺された場所に程近いところだ。「僕はあの時12歳で、暗殺された日は彼を見ようと近くにいたんだよ。ケネディとマーティン・ルーサー・キング牧師が僕のヒーローだった」
社交的な性格のキートンにとって、この数ヵ月は耐えがたい時期だったという。現在70歳で、慢性閉塞性肺疾患を抱える彼はコロナ重症化のリスクが高い上に、マスクの着用も命取りになりうる。マスクをするといっそう呼吸がしづらくなる病気なのだという。
そんな中、彼を支えているのはお得意さんたちの優しさだ。「一年間アパートの家賃を払ってくれた人もいたし、必要なものを提供してくれた人もいた。きっと神様がよこしてくれたんだと思う。こうしたつながりは、僕がストリート・ジンで働く理由の一つだね。のけ者ではなくて、社会の一員だって感じられるから。早くパンデミックが終わって、販売者に戻りたい」
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
この記事が掲載されている BIG ISSUE
392 号(2020/10/01発売) SOLD OUT
特集アップデートしたい「LGBT」
スペシャルインタビュー:蒼井 優
リレーインタビュー 私の分岐点:山内 明美さん