販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
『ビッグイシュー台湾版』販売者 クエン・フア・シウ
平穏な人生、それが今一番ほしいもの 数え切れないほどの仕事に就いた後、再び販売者に
会うのが久しぶりだったせいか、白髪が目についた。創刊まもない2010年3月に初めて販売者登録をしたクエン・フア・シウは、左足に障害があるため今では中古の電動スクーターに乗っている。聞けば、友達から1万2000台湾元(約4万4千円)で手に入れたという。これで移動が自由にできる。にもかかわらず、なぜ再び『ビッグイシュー台湾版』の販売者になろうとしたのか――フアに聞いてみたかった。
「『台湾版』を去ってから、数え切れないほどパートタイムの仕事をこなしてきたよ。でもどれも長くは続かなかった」とフア。「一番最近の仕事は、ショッピングモールのフードコートでの皿洗いの仕事だね。1年ほどしたけれど仕事は大変で、いつも上司のお情けにすがるような状態だった」。安定した収入は望めたが、最終的に辞める決意をし、昨年11月に『台湾版』の販売者として再び働くことになった。
「ここではもっとフレキシブルに働けるし、雑用係のように扱われることもない。一所懸命働いてるよ、毎日売り場に立ってるからね」。フアは朝7時から夜6時まで、台北の新北市にある頂渓駅で販売している。歩行者用のアーケードの下で、スクーターに座ってお客さんを待つのだ。「以前よりは販売のペースが落ちているかな。それにコロナ禍が拍車をかけた。今朝はたった3冊しか売れなかったよ」
台湾の東部で生まれたフアは、中学生の時に母を亡くし、19歳の時、父とともに台北に移り住んだ。台北の社子で時計の修理を学び、見習い期間が終わると江子翠の店を就職先として紹介してもらった。
「今も修理の仕方を覚えている?」と聞くと、「ああ、でも老眼のせいで視界がぼやけちゃうんだ。だいぶ前にもうこの仕事はできなくなった」と言う。それ以降フアはさまざまな仕事に就き、性産業にかかわったこともあった。多くの辛酸をなめながら、今は再び人生の目的を見いだせるようになってきたという。
「もう『ビッグイシュー台湾版』が創刊して10年になるなんて、早いね! 私は白髪頭になったけど、人生は続いていく。この歳になったら、気楽にいくだけだ」
そしてフアはこう付け加えた。「平穏な人生、それが今一番ほしいものだよ」。その声は、少し感傷的にも聞こえた。
本当に時が経つのは早い。10年前、フアが駅の駐車場で寝ていた日を、私は今でも覚えている。ソーシャルワーカーの支援とともに、雑誌販売を何年も続け、フアは人生を再び安定した軌道に乗せた。困難に差しかかっても、彼は決して前を向くことをやめなかった。
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
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