販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

オーストリア『アプロポ』販売者 アルシーネ・アブ・バングラ

シエラレオネ出身、難民申請の結果を待って2年
今は幸せに目を向けて、それを他の人と分かち合いたい

オーストリア『アプロポ』販売者 アルシーネ・アブ・バングラ

私たちはたいていの場合、「難民」と呼ばれる人たちがどのような道のりを経て、現在の地にたどり着いたのかを知らない。それは、目の前でフレンドリーな笑みを浮かべるアルシーネ・アブ・バングラについても当てはまる。
 彼は何度も「幸せ」という言葉を口にする。「これまでの人生で、たくさんつらい経験をしてきた。だから今は幸せに目を向けて、それを他の人と分かち合いたいんだよ」
 現在36歳のアルシーネは西アフリカの国、シエラレオネ出身。北部にある小さな村、カランバワラで生まれた。ダイヤモンドと金が採れるシエラレオネは世界有数の豊かな国になっていてもおかしくはない。だが、長らく続いた内戦と、先進国による資源の搾取などが要因で、多くの人々が最貧の生活を強いられている。
 アルシーネの暮らしも常に危険と隣り合わせだった。住んでいた村では未だに秘密結社(※1)が力を握っていて、国の法律よりも結社の作った掟によって村が運営されていた。もし掟に背けば、命が危険にさらされる。そしてそれがアルシーネの身に降りかかったことだった。
「パートナーが女性性器切除(※2)を受けるのを、僕は阻止しようとしたんだ」とアルシーネ。それは秘密結社の掟に逆らうことを意味し、身の危険を感じた彼は故郷を離れなければならなくなった。
 オーストリア・ザルツブルクに到着したのは2017年のこと。翌年からは『アプロポ』誌の販売も始めた。郊外の町ユーゲンドルフのスーパー前で販売しているが、販売中に偏見の目を向けられることもある。「そうした偏見を取り除くのに僕ができることは、笑顔を向けることだ」と彼は言う。
 雑誌販売のかたわら、義務教育課程を終えようと成人向けの学校に通うアルシーネ。2年前に申請した2度目の難民申請の結果を待っているところでもある。「今ではドイツ語も初級くらいには達したんじゃないかな。ザルツブルク市の公園課でも仕事を得て、同僚ともいい関係を保っているよ。次の目標は大学に入ることだ」
「他にほしいものは?」と聞いてみると、彼はこう話した。「シンプルな人生かな。今では仕事も寝るためのベッドも、食べものも得たからね。電気代やガス代も払えている。月末に収入が残っている時もあって、そんな時は家族にお金を送ったり、友人を助けたりすることも今じゃできているんだよ」
「大学を卒業することができたら……ペンキ塗りに溶接工、料理人もいいね。でもその前に、難民申請がうまく通るよう祈るばかりだ」
 そしてこう続けた。「とにかくいつも、今やっていることを楽しむこと。幸せで仕事があれば、人生、安心だからね」
※1 秘密結社には男性向けの「ポロ」、女性向けの「バンドゥ」があり、通過儀礼やコミュニティの政治を担う。
※2 同国では通過儀礼などとして9割の女性が経験しているといわれる。

Text:Walter Anichhofer, Apropos/INSP



(雑誌情報)
『Apropos』 
1冊の値段/3ユーロ、そのうちの半分が販売者の収入に
発行頻度/月刊
販売場所/ザルツブルク

(写真クレジット)
Photo: Andreas Hauch

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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