販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
マケドニア、『Lice v Lice』販売者 エルツァン・サディク
ロマの仲間たちと協力しあって販売。 「大切なのは、にっこり笑ってお客さんに表紙を見せること」
「一番大事なのは、にっこり笑って、お客さんの目をじっと見ること、そして大きな声ではっきりと話すこと。僕はもう新人じゃないから、前より楽にこれができるようになったよ」と、19歳のエルツァン・サディクは、販売の秘訣を明かす。
彼は、マケドニアの首都、スコピエ都市圏のシュト・オリザリ出身。ロマ音楽を聴くのが好きな19歳の少年だ。もし読者がデバ・マアロかスコピエ・シティ広場をよく通るなら、彼に気づいたに違いない。背は小柄で、とても頭がよく、控えめで愛想がいい。エルツァンは、『Lice v Lice』の最も優秀な販売者だ。
「最初は路上で販売することに抵抗があったので、お客さんには低い声で応対していた。でも、今ではこれがまともないい仕事だとわかっているし、この雑誌と僕が成功するには、よっぽどがんばらないとね」。エルツァンは、まるで一生の仕事の話をしているかのように真剣な顔をした。
2012年に創刊したストリート誌『Lice v Lice』は、販売者の大部分が若いロマの男性だ。ロマの人々は、マケドニア社会において二級市民の扱いを受け、一般的な就労のチャンスはほとんどない。しかし、編集長である筆者の目から見て、ロマの販売者たちはみな、実に勤勉に働いている。
デバ・マアロ周辺で 『Lice v Lice』を販売するのはとても楽しいとエルツァンは話す。このあたりのレストランのウェイターは彼を追っ払わない。それどころか彼らはエルツァンに挨拶するし、何人かは雑誌を買ってくれる。
「もうすっかり顔見知りなんだ。この前なんか、次号が出たら忘れずに持ってきてくれと声をかけられたよ」
他にも、最近うれしい出来事があったと言う。ある人に声をかけ、いつものようにこの雑誌の素晴らしさを説明した時のことだ。「その人はドイツで働いていて、この街へはめったに戻って来ないそうなんだ。僕の声のかけ方を褒めてくれて、この仕事をやめずに続けるように、決して物乞いをしたり、ごみ箱を漁るようなことは考えてはいけないと励ましてくれたんだ」
最近、エルツァンの近所に住む知り合いが、何人か販売者の仲間入りをした。自分の成功を仲間と共有したいと思っているエルツァンは、助っ人を買って出た。「最初の2、3ヵ所へは僕も一緒に行くよ。その方が楽だろう? 大切なことは、にっこり笑って、お客さんに表紙を見せることだ」と、彼は新人に語りかける。
エルツァンの成功に刺激されて、弟のアルマンドと父も、雑誌販売チームに加わった。また、よく一緒に仕事をしている友人アルマンド(弟と同名)の夢は、美容師になること。彼らは競合するのではなく、協力しあって販売している。
『Lice v Lice』では、定期的に販売スキルの向上講座を開いている。先日も、ビジネス・コミュニケーションのプロを講師に招き、さまざまな経験を聞く機会があった。エルツァンは、この講座で販売の“技”を学んだだけでなく、もっと学業を続けたいと思うようになったそうだ。彼は小学校5年生で学業を終えている。「自分に教育が必要なことはわかってる。教育を受けるためなら、どんな努力でもすると約束するよ」
「他に質問は?」と、エルツァン。「あと一つだけ」と私は笑いながら尋ねた。「いつ結婚するつもり?」「さて、どうかな。明日かもしれない。僕にわかっているのは、今日は雑誌を少なくとも20冊売らなければならないということ」と、いつものように微笑みを浮かべながら答えた。
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
この記事が掲載されている BIG ISSUE
272 号(2015/10/01発売) SOLD OUT
特集"いま"を縫う― 仕事、逸品が生まれる場