販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
米国『コントリビューター』販売者 アイリーン・B
自分の人生が価値あるものだと、やっと思えるようになった
ニューヨーク・クイーンズ地区のスプリングフィールド・ガーデンズで、1956年に生まれたアイリーン・B。高校卒業後は、キャサリーン・ギブズ秘書学校へ通った。「秘書学校の名門校よ。速記は1分間に150単語、タイプは1分間に90単語打つの」
そこを卒業後は、CBSで秘書になり、37階のオフィスで弁護士の下でも働き、アリゾナ大学でも17年間秘書として働いたという。
「40人の教授がいる音楽部で、6年間働いたの。50人ほどいた秘書の中で、カスタマー・サービスに優れていると、2年間連続で表彰されたのよ」と誇らしげだ。「自分の仕事が好きだったから、がんばれたのね。大学に勤めながら、フォトショップの学校に通ったりもしたわ。それからは『ポスターを作ってほしいな』『あの手紙は書けた?』『合唱団のための予約は入れてくれた?』といった調子で、仕事は山積みよ。よく仕事を家に持ち帰ったわね。でもおかげで、グラフィック・デザイナーとしての仕事もちょくちょく舞い込んできたのよ」
当時は結婚をしていたと、アイリーンは語る。「アイリッシュでカトリック教徒だったから、結婚すれば、楽しい時も苦しい時も、病める時も貧しい時もずっと一緒だと信じていたわ。結局、17年の結婚生活の間に何度も殴られたし、夫はいつも浮気をしていた。でも、私はずっと我慢し続けた。仕事では40人の教授の下で働き、一方では、仕事先で頭にけがをした夫のために、労災補償をもらうために1年間交渉したりもしたわね」
「ある時夫が、大学の同僚と浮気をしているとわかったの。夫がその女性と浮気をしていることを口にすれば、自分が仕事を失うこともわかっていた。17年間結婚して苦労した挙句、ある日、夫が帰宅して、離婚の書類にサインしなければ刺すと脅したの。私はサインをした。書類には、『私は何一つ受け取らない』と書かれてあったわ」
すべてが終わり、アイリーンは身一つでフロリダへ飛んだ。
フロリダである男性と知り合い、結婚に至ったアイリーンだったが、ほどなくしてその暮らしも連れ合いのドメスティック・バイオレンスにより破綻した。
「その頃には、精神的にすっかり参ってしまっていたわね。暮らしを営むことができず、変形性関節症、線維筋痛症、偏頭痛、重いパニック障害と、あらゆる病に苦しめられたわ。私は過酷な運命に打ちのめされていたの。フロリダでホームレス状態に陥り、車社会を出て田舎へ行きたいと、衝動的にグレーハウンドバスに乗ってテネシーに向かったの」
ナッシュビルのシェルビー橋の上で寝起きし、その後4年間ホームレスとして暮らしたというアイリーン。
「今は、犬1匹と猫2匹、それに親友もいるの。ひとり暮らしが好きよ。ついに平穏な時を手に入れた。もう男と暮らすのはこりごりね。今でも、1週間に1度、セラピーを受けているわ。関節炎だから、2度とタイプは打てないけれど、人生に失敗したとは思わないのよ。今の暮らしが気に入っているわ」
「この記事、『男を寄せつけるな』というタイトルにしたらどう?」とアイリーンは苦笑い。「私は、自分の意思が弱く、母によく言われたけれど、だまされやすいの。だから、自分ができること、できないことをしっかり見極めないとね。たとえば、私に世界を救うことはできないのよ。一つひとつそうやって見極めていくの」
最後にアイリーンは、ストリートペーパーを買ってくださるお客さん、またともに仕事をする仲間たちに感謝の言葉を捧げたいと言う。
「私を受け入れてくださってありがとう。精神面で、経済面で、そしてあらゆる意味で、よりよい暮らしを手に入れる機会をいただけて、感謝しています。おかげで、自分の人生が価値あるものだと、やっと思えるようになりました」
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
この記事が掲載されている BIG ISSUE
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特集戦争には、いきません― 良心的兵役拒否者たち