販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
池田浩司さん
10年間のひきこもり生活。 お客さんと接するうちに、 他人への不信感や恐怖心消えた
池田浩司さん(45歳)は福岡市の繁華街・天神からほど近い老舗ホテル「西鉄グランドホテル」の前に、火曜日以外の朝10時から夜8時まで立っている。客足の鈍る2時から4時までは、ゆっくり休養を取る。そして火曜日は、博多区の美野島教会で炊き出しのボランティアをしている。
「初めは行列に並ぶ側でしたが、この春から調理を手伝うようになりました。カレーや親子丼をいつも100人分くらいつくるんです」と、おっとり話す。
お客さんは、女性が多いという。
「僕の前に7年も立っていた前任者がいい関係を築いてくれたおかげで、前からの常連さんも多いですし、ホテルの方も嫌な顔一つせず挨拶してくれます」
穏やかな雰囲気の池田さんは意外にも、男ばかり3人兄弟の真ん中だったという。長崎・佐世保で生まれ育ち、両親も兄弟も温厚で、たまに大分の別府温泉を旅行するなど、家族仲はよかったそうだ。
そのまま地元の大学の経済学部へと進んだが、講義の内容も大学生活も「イメージしていたもの」とは違っていた。結局8年在籍したが、卒業することはできなかった。その間、数々のアルバイトをこなした。ハウステンボス周辺のホテルでベッドメイクをしていた時は、宿泊客の中に有名人を見つけるのが、ひそかな楽しみだった。
中退後も、自動車工場の検品やコンピュータ会社が顧客へ送るメールの配信作業など、アルバイトを転々とした。「正社員になりたいと思ったこともありますが、働いていると、つい次の世界を見てみたくなる。仕事が長続きしない」のだという。
そして10年ほど前、不幸な出来事が起きた。父親が交通事故で亡くなったのだ。
「自転車で、止まっていた車の横を通った時に突然ドアが開き、はね飛ばされてしまったようです」
さらに不幸は続いた。アルバイトをしながら、東京のシェアハウスで暮らすようになった池田さんは、同年代くらいの男性と親しくなった。ある時、共用リビングで投資話をもちかけられ、100万円を預けた。「何度も顔を合わせたことだし、感じのいい人だから」と、すっかり 気を許してしまったのだ。まもなく、男性は姿を消した。
「警察には、もちろん届けました。男が置いていった保険証から実家の住所もわかったのですが、訪ねると両親が出てきて『息子は何年も帰ってきていないので、居場所はわからない』と言われ、それっきりです」
大きなショックを受けた池田さんは実家に戻り、それから10年近く、ひきこもってしまった。「毎日、近所を散歩したり、母親の買い物や掃除を手伝ったりして過ごしましたが、一緒に暮らしていた母親も兄弟も僕を責めたりはしませんでした」
それでも「どうにかしなければ」と思い悩んだ池田さんは今年の2月、1万円だけを手に、高速バスで福岡へと向かった。「人の多い福岡なら、人に揉まれて成長できるのではないか」と考えたからだ。
求人誌を見て調理補助などのアルバイトにいくつか応募したが、「経験のなさ」を理由に断られ、履歴書すら受け取ってもらえなかった。夜は、24時間営業の店が入る雑居ビルの廊下で寒さをしのいだ。
「この先どうしようかと地下街をさまよっていたら、自分と同じホームレスのおじさんが炊き出しのことを教えてくれました。何ヵ所もはしごして、どうにか命をつなぎました」
その一つが美野島教会だった。 ここでビッグイシューの勧誘を受けた池田さんは「何でもいいから仕事がしたい」と、GW明けから販売者になった。初めはなかなか出なかった「ビッグイシューです」の呼び声も、隣で声を張るビッグイシューのスタッフを真似ているうちに出るようになった。
「お客さんと接するうちに、だんだん気分が明るくなってきて、他人に対する不信感や恐怖心は消えました。まだ少し不安定になることもありますが、無理だとあきらめていた接客の仕事も、いつかできるような気がしています。今はビッグイシューを続けて、お客さんと少しでも長く会話できるようになることが目標。もっと先の夢を考えるのは、それからにします」
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
この記事が掲載されている BIG ISSUE
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