販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
『ビッグイシュー・ロンドン版』販売者 シャロン
一番驚くのは、お客さんたちが 心の奥にしまってあった秘密を 私に明かしてくること
ロンドン橋近くの歩道はいつも通勤・通学する人たちで混み合う。『ビッグイシュー・ロンドン版』販売者のシャロン(46歳)は、以前、1日に4万8千人もの人たちがこの橋を行き交うと読んだことがある。
「6冊とか8冊しか売れなかった日はこの数字がこたえます」と彼女は言う。「でも、最も苦しい時でもどうにかやっていけるのは、いつも買ってくれるお客さんがいるからです」
苦難の日々が始まったのは、シャロンがまだ18歳だった頃だ。学位取得のため、故郷のサセックスを離れ、ひとりロンドンに出てきたものの、大学を通じて借りられると思っていた部屋は、町からずっと離れたところにあるか、すでに埋まっているかのどちらかだった。行くところもなく困っていた彼女は、結局、廃ビル暮らしを始める。寒い中、ろうそくの灯だけで勉強に励もうとした。
その合間にゲイナイトクラブのダンサーをはじめ、あらゆる単発バイトにもいそしんだが、結局大学は中退して本屋の幹部候補となった。
その後、しばらくは生活も順調だった。景気もよく、アパートも見つけパートナーとの出会いもあった。不幸が襲ったのは2年後のこと。職を失ったのだ。やがて家賃の支払いが滞りがちになり、失業手当の申請をしなければならなくなったが、定職のない彼女に家主は退去を求めた。
シャロンはそのつらい時期のことをよく覚えている。「恋人は重い病気を抱えているので働くことはできず、私もそれ以上生活費を払っていくことができませんでした。私たちは部屋を追い出され、結局、郊外からロンドンに戻って仕事を探すことにしました」。しかし、住所不定のままで仕事を見つけることは不可能で、二人はホームレス保護施設を転々とするようになった。そして、秩序もなく危険がつきまとい、薬物が蔓延する施設に、日々、嫌悪感を募らせるようになった。
2年前、友人が「自分が海外に行っている間は住んでいいから」と庭の小屋を貸してくれた。お金を貯めていつかは自分たちのトレーラーハウスを買いたいと願っているシャロンだが、今のところ、この小屋が二人のすべてだ。
日々の苦労を忘れるため、シャロンはよくロンドン橋まで歩き、歩道に座って本を読んでいた。中にはあまりにも失礼な態度を取る人がいること、時間などちょっとしたことを聞いただけでも彼らが罵声を浴びせてくることに最初は面食らった。
「でも、たくさんの人が私を支えてくれました」と彼女は話す。「あなたの決意が固く懸命に働くことがわかれば、周りの人はそれを尊重してくれます。どんな天気の日でも、私は毎朝6時に自分の担当場所に立つんです。その姿勢を見て、評価してくれる人もいます」
ここ2年販売者を続けてきて、お客さんから受ける親切には、いつも励まされてきたと言う。「母が病気になってお見舞いに行くお金がなかった時、あるお客さん、その方は金融業界の上層部にいる方なんですけど、500ポンドの入った封筒をくれました。『お母さんに会って、おいしい食事に連れて行ってあげなさい』と言って。封筒を開けた時、全身が震えました」
「また、最近すごく体重が落ちてしまったので、販売場所に10号のジーンズを譲ってほしいと貼り紙をしたら、信じてもらえないかもしれませんが、なんと27人ものお客さんから集まったんです!」
「一番驚くのは、お客さんたちが心の奥にしまってあった秘密を私に明かしてくれることです。仕事をなくして泣き崩れた女性や、産休に入るためお別れにきた女性もいました。その女性は何年も努力してなかなか赤ちゃんを授かれずにいたのですが、やっと妊娠できた時報告に来てくれて、二人で飛び跳ねて喜びました。こうしたお客さんがいらっしゃるから私もがんばれるのです」
シャロンは、定期購買客たちの支援を得て、最近、ビッグイシューを通じてジャーナリズム研修コースの受講を開始した。販売者としての自らの経験をブログ(※)に載せており、他の販売者や読者からの連絡を心待ちにしている。
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
この記事が掲載されている BIG ISSUE
236 号(2014/04/01発売) SOLD OUT
特集地球を駆ける