故郷に小さな家を買いたい。 ルーマニア、ブルガリア出身者を50人受け入れ

イオネルさん（28歳）とミラベラさん（25歳）はルーマニアの小さな村、バチョウからドイツのハンブルクにやってきた。ロマの人々が住むバチョウはトウモロコシ農業を営む貧しい村で、そこには小学校しかない。高等教育を受けようと思ったら、村から55キロ離れた街まで行かなければならない。そして、そのためのお金を持っている人もほとんどいない。舗装された道は村の中の中央通り1本だけで、それ以外の場所では、雨が降れば膝までぬかるみにつかって歩かなければならないという。
イオネルさんも8年間だけ村の小学校に通った。その後、父親が病気になり、住んでいた家が大雨で流されるなどの不運に見舞われた。妻のミラベラさんとは、10代の時に結婚。ルーマニアに残してきた娘が２人いる。
イオネルさんが意を決してハンブルクに出てきたのは１年以上前。ドイツで最も古いストリートペーパーのひとつであるハンブルクの『ヒンツ＆クンツ』が、ルーマニア人の販売者を採用しているという話を聞いたのがきっかけだった。
ＥＵ拡大により、新興加盟国となったルーマニアやブルガリアから、経済的な理由で押し寄せるいわゆる「貧困移民」がドイツでは問題となっている。彼らの中にはストリートペーパーの扉をたたく人たちも少なくない。問い合わせが増大する中、『ヒンツ＆クンツ』ではロマの実情を現地調査し、ルーマニアおよびブルガリア出身の販売者の採用を50人まで受け入れることを決めた。
イオネルさんもその枠を目指してハンブルクへやってきた。しかし、当初は枠がすでにいっぱいで、３ヵ月間、市の簡易宿泊所に泊まりながら空き瓶拾いをしてチャンスを待った。 「空き瓶拾いはかなりの重労働なんです。１本25セントのデポジットがついている空き瓶を日がな一日探す。１日の稼ぎは10～15ユーロくらいでした」
３ヵ月後に再び『ヒンツ＆クンツ』を訪れると、ちょうど空きがあり、妻のミラベラさんをルーマニアから呼び寄せた。
ドイツに暮らすようになって１年少ししか経たないが、イオネルさんのドイツ語は簡単な会話でならひと通りの意思の疎通ができるくらいに達者だ。小学校で少し習ったのと、路上で人々とやりとりする中で覚えたのだと語る。
「最初はドイツ語に不自由がある外国人販売者も、路上でドイツ人とやりとりをするうち、驚くほど早くドイツ語が上達する人が多いのです」とは『ヒンツ＆クンツ』のミュラー編集長の言葉だ。
今ではハンブルク市内に小さな部屋を借りて、二人はそれぞれ別々の場所で『ヒンツ＆クンツ』の販売者をしている。仕事時間は毎日、朝の８時～午後３時まで。仕事が終わった後、自宅に帰ってきて二人で遅い昼食を取る。
外国であるドイツの路上で販売者をしていて大変なことはありませんか？と尋ねると、「みんな親切にしてくれます」とミラベラさんは語る。ストリートペーパーの販売者の平均年齢に対してはるかに若く、そして外国人である彼らを見かけると、「どこから来たのか？」「なぜ販売者をしているのか？」と気にかけて尋ねてくる人たちが多いのだという。
今後の目標を尋ねると、「ドイツで６～10年がんばって働いてお金を貯めれば、ルーマニアに小さな家を買うことができます」とイオネルさんはくり返した。ストリートペーパーの販売で、１日だいたい20～25ユーロ稼ぐことができるのだという。
今年１月からドイツに住むルーマニア人およびブルガリア人に対する労働規制が緩和され、ドイツ人同様に職探しをすることが可能になった。３ヵ月以上就労した場合は、社会保障制度を利用することもできる。 気がかりなのは、ルーマニアの祖父母のもとに預けてきた子どもたちと離れて暮らさなければいけないこと。４月には、二人で久しぶりにルーマニアに里帰りをして、子どもたちの顔を見られるのが楽しみだという。しかし、ドイツに呼び寄せるにしても一緒に暮らすだけの場所がない。『ヒンツ＆クンツ』のスタッフからは、子どもたちにドイツで教育を受けさせたらどうかと勧められているらしいが、まだそこまで考えが回らない状態だ。ちなみにドイツでは、国内に住む外国人の子どもたちにも国から育児手当が支給される。
「がんばって働けば、必ず神様が助けてくれます」
インタビューの間もお互いをいたわりあい、控えめで礼儀正しい二人の口から聞くその言葉は、強い真実味をもって心に響いた。

『ヒンツ&クンツ』
1冊の値段／1.90ユーロ（約266円）で、そのうち1ユーロ（約140円）が販売者の収入に。
販売回数／月1回 発行部数／6万8000部 販売場所／ドイツ・ハンブルク

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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