販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
『アプロポ』誌販売者。ゲオルグ&エヴェリナ夫妻
モーツァルト生誕の地として知られるオーストリア・ザルツブルクは、毎年ホリデーシーズンになると、世界各国からクラシックファンが、大挙して押し寄せる。
この地のストリート・マガジン『アプロポ(Apropos)』は、97年12月に創刊された。人口15万人のこの小さな街で毎月1万部を発行しており、確実に街の顔となっている。実際、ふらりと訪れた本屋やたまたまバス停で隣に待っていた学生に、「『アプロポ』って知ってますか?」と声をかけると、「もちろん!あの通りで売っている雑誌のことでしょ。買ったことあるわよ」と、即、答えが返ってきた。
99年から『アプロポ』を販売しているゲオルグ&エヴェリナ夫妻は、ベテラン販売者さん。編集長のミカエラをはじめ、スタッフからの信頼も厚い。
そんな彼らは、今年、4回目の結婚記念日を迎えた。二人の人生は、12年前に、ここザルツブルクの路上で交差した。
68年にウィーンで生まれたエヴェリナは、アルコール依存症に苦しんでいた母のもとから、出生4ヵ月後に養子に出された。「里親のもと、すくすくと育っていたわね。水遊びをしたり、合唱隊で歌ったりするのが好きだったわ」とエヴェリナは語る。
6歳の時に里親に連れられてスイスに移住したが、82年に養父が亡くなり、オーストリアに戻ってきた彼女。だがもうここには、頼れる身寄りがなかった。一度は結婚したものの、離婚し路上生活を経験。自らもアルコール依存症に苦しむようになる。
一方のゲオルグは、6人きょうだいの末っ子として、かわいがられて育った。肉屋をしていた父のもと修業を積むが、木こりとして生計を立てるため家を出る。だがそこでアルコールを覚え、次第にその泥沼におぼれていき、解雇されてしまう。気づけばアルコールまみれでザルツブルクの路上に横たわっていたという。
そんな二人が路上で出会ったのは99年のこと。だが、幸せは長くは続かなかった。出会って4ヵ月後、酒を浴びるほど飲んだゲオルグが強盗を働き、7年の実刑を言い渡されてしまったのだ。
「はじめはただ、社会を、自分の人生を、呪うだけだったね。どうして自分だけこんなに運が悪いんだろうと。でも、2年を過ぎた頃、やっと『過去は書き換えられない。自分の人生の責任を負うのは自分だけだ。これからベストを尽くすしかない』って思えるようになったんだよ」とゲオルグは語る。
塀の外から届くエヴェリナの手紙がゲオルグを励まし続けた。なんと7年間で、彼らは2000通の手紙を行き来させたという。
こうして晴れて自由の身となったゲオルグは、エヴェリナと結婚したのだった。
目の前にいる二人の穏やかな表情からは、そんな壮絶な過去は想像ができない。でも、彼らは実際その道のりをしがみついてでも生きのびてきた。アルコールや犯罪で一瞬で壊れてしまった人との絆や信頼といったものを、気の遠くなるような年月をかけ、少しずつまた築き上げてきた。
話を聞いた翌日、彼らの販売場所を訪れると、晴天のもと『アプロポ』誌片手に、道行く人に声をかける二人の姿があった。
「『アプロポいかがですか~』と声をかけても初めは無視をされる。でも、ずっと街頭で立ち続けていると、次第に挨拶を交わすようになり、最後には雑誌を買ってくれる人もいる。その瞬間がたまらないね。刑務所に7年間もいたからこそ、今、自由の味をかみしめているよ」とゲオルグは言う。
今年の4月21日、4回目の結婚記念日の日、ゲオルグは初めてエヴェリナのために料理をし、二人でお祝いをしたという。一度は失った「ホーム」をも、また二人は取り戻しつつある。
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
この記事が掲載されている BIG ISSUE
176 号(2011/10/01発売) SOLD OUT
特集隣人「ちんぱんじん」と考える希望と絶望