販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
上杉謙一さん
売り上げのことよりも、 楽しみにしてくださってる方に早く届けたい
「ここは、朝の通勤時間帯はものすごい人の波。そんな時は邪魔にならないように、できるだけ壁にひっつくようにして立っています」
大阪・JR京橋駅から大阪ビジネスパークへとつながる連絡橋で、ビッグイシューを販売している上杉謙一さん(30代後半)。販売者となってから約4ヵ月、平日はほぼ毎日この場所に立ち続けている。
「普段は『ビッグイシュー、発売中です』と声を出して売っているんですけど、たまたま声を出していない時に常連のお客さんが通りかかると、『体調は大丈夫?』と心配してくれることもあって……。いつも気にかけてくださっているのかと思うと、本当にありがたいですね。いつも立っている時間にいないと、もっと心配をかけるような気がして、お昼ご飯でちょっと場を空けたり、販売者のクラブ活動への参加で早くに撤収したりする時にはとても気が引けるんです」
毎朝、販売場所に着くと「気持ちよく仕事をしたいから」と、まずはごみが落ちていないかをチェック。目につくごみは拾い集めて、ごみ箱に捨てに行く。帰る時も同様だ。
また、自身を照れ屋だと分析する上杉さんは、初めてのお客さんとは緊張してなかなか目を合わせられないという。「でも、慣れてくると話せるようになるんです」と、徐々にお客さんとのコミュニケーションが増えてきたことが大きな励みにもなっているようだ。
上杉さんは高校卒業後に公務員として働き、そののち飲食店へと転職。訳あって実家を出ることになり、それに伴って仕事も辞めた。そして大阪へ出てきたのが数年前。ネットカフェで寝泊まりを続けていた中で、店内でふと手に取ったのが『路上脱出ガイド』だった。
「とりあえず1冊もらって、ずっとカバンの中に入れていたんです。そうしているうちに所持金がいよいよ2千円ほどになってしまい、この先どうしようかと考えた時に、思い出したかのようにページをめくりました。そして、ビッグイシューの販売にチャレンジしてみようと思って、事務所を訪ねることにしたんです」
事務所のドアの前まで来たものの、「勇気がなくて、すぐには開けられなかった」と言う上杉さん。いったんドアの前を離れ、数分間考えあぐねた末に、「もうお金もないし、引き返すわけにもいかない」と覚悟を決めてドアを開けた。
「この仕事を始めてから、本当にいろんな方が本を買ってくれました。目の不自由な方が、僕の声を聞いて点字ブロックを頼りに歩いてきてくださったり、生活が決して楽ではないという方も1冊買ってくださったり。応援してくれる人がこんなにいるんだと思うと、胸がいっぱいになります」
上杉さんは、取材時点で大阪の販売者では最年少。住所がないことが就職活動への大きなハードルとなることがなかなか理解されにくいのか、「まだ30代だし、探せば何か仕事はあるのでは?」といった視線が世間から容赦なく突き刺さる。
「公的な住宅補助がもっと整備されていれば、就職への足がかりになるんだろうなぁと思います。それに今の状態で就職活動に時間を費やそうと思ったら、その日の食費さえ稼ぐことができなくなるんです。でも、いつかは部屋を借り、就職をし、自立した生活を送りたい。だけど今は日々食べていくことだけで精一杯だし、立てられる予定といえばせいぜい1週間先のことまで。だから逆に、老後の不安というものも想像しにくいからか、あまり感じることができなくて」
少しずつ状況を変えていき、1週間を2週間に、2週間を3週間に……と予定の幅を伸ばしていくことで、徐々に将来の展望を見出していきたいと上杉さんは話す。
「今はとにかく、この仕事をがんばるのみ。ビッグイシューは、バックナンバーもいつ読んでもおもしろいし、多くの方に手に取ってもらえたらうれしいですね」
新号の発売日には、通常より遅い時間まで販売を続ける。
「売り上げのことよりも、楽しみにしてくださっている方に早く届けたいから。残業で遅くなる方もいらっしゃるのでね」と、終始お客さんを気遣う言葉が途切れなかった上杉さん。照れ屋だと言うが、お客さんの話をする時は、とてもイキイキとしていた。
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
この記事が掲載されている BIG ISSUE
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特集秋、不思議のきのこ