販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
小野卓さん
仕事しているだけなんだから、堂々と。厳しさと自由さ。今の仕事がいちばん自分に向いている
小野卓さん(40歳)は今年7月からJR・京急品川駅のウイング高輪ウエスト前で、朝6時半から、夜は8時頃まで、ビッグイシューを売っている。
小野さんが生まれ育ったのは埼玉県川口市だ。中学を卒業してすぐ、工場で働いたが、3ヵ月後、上司の厳しさに耐えられなくなり、自分から辞めた。
東海道新幹線や山手線など複数の路線が乗り入れ、ビジネスマンや旅行者でごった返すJR・京急品川駅。その高輪口にあるショッピングプラザ「ウイング高輪ウエスト」前で、小野卓さん(40歳)は今年7月からビッグイシューを売っている。まだ人通りの少ない朝6時半から、夜は8時頃まで。ラッシュ時ともなれば小野さんの姿は埋もれてしまうが、人波をかき分け、探し当ててまで買ってくれるお客さんもいる。
「無理しないでね」「頑張ってね」。どちらの言葉もありがたいと小野さんは言う。
小野さんが生まれ育ったのは鋳物工業がさかんな埼玉県川口市だ。
「うちの親父さんも鋳物工場に勤めていました。母親は昼だけ清掃のパートに出ていて、僕の上には兄貴もいました。家族は特にケンカもせず仲がよくて、数えるほどですが温泉旅行にも行きました」
中学を卒業してすぐ、学校から紹介された工場で働いた。「スーパーの商品陳列棚を作る仕事でした。機械を操作して電気溶接をするんですけど、やけどが恐かった」。そして3ヵ月後、上司の厳しさに耐えられなくなり、自分から辞めた。
次に勤めたのはタクシーのガス・スタンドだった。その後も陸上自衛隊やビルの警備員など、仕事を転々とした。「親父さんと同じ鋳物工場で働いたこともありましたが、作業中に腕をケガして10針ほど縫いました。機械仕事には向いていないんだなと自信をなくしました」
その〝親父さん〟は小野さんが30歳の時に脳梗塞で亡くなった。そして2年後、今度は母親が肺炎で亡くなった。小野さんは実家を出た。
最後に就いたのは、建設現場に出入りする車両を誘導する仕事だった。
「1年間の契約社員だったけど、だんだん仕事が減って、月に10日くらいしか働けなくなりました。入っていた寮の費用は会社が立て替えておくと言ってくれましたが、返せる当てもなく、辞めるしかありませんでした」
ハローワークにも通ったが、住所がなくても雇ってくれそうで、自分にもやれそうな単純作業は見つからなかったという。夜は漫画喫茶から次第に、ビルのすき間でも眠るようになった。
「炊き出しに行けば飯は食べられたけど、食べられればいいって問題じゃない。このままじゃ、らちが明かないと思いました。所持金もついに百円くらいになって、この状態が続けば死ぬかもしれないと考えるようになりました」
生活保護の申請も考えたが、できれば自分の手で稼ぎたかった。そんな時、今後のことを相談に行った福祉の窓口でもらったのが『路上脱出ガイド』だった。
「ぱらぱらめくっていたら、ビッグイシューのことが書いてありました。最後に思い切ってやってみようと、試しに2~3時間立って販売してみる研修を受けたら、意外にやれそうな気がしました」
これまで体を使う仕事を多くこなしてきたので、体力には自信があった。しかし初めのうちは、時折感じる〝ホームレスを見る視線〟に「あれっ?」と戸惑うこともあった。「でも、何も悪いことしているわけじゃないし、ただ仕事しているだけなんだから堂々としていよう」と割り切った。
実際に続けてみると「今の仕事が一番向いている気がする」と小野さんは言う。自分の意志で立たなければお金が入ってこない厳しさと、人から指図されない自由さが気に入っている。
1日の売り上げは20冊くらい。その中から1500円は痛い出費だが、シャワーを浴びて清潔にしておきたいので夜は漫画喫茶に泊まる。着替えもこまめにして、溜まったらコインランドリーで洗濯する。
「昔は仕事が終わったらゲーセンに行って、シューティングゲームやメダルゲームでストレスを解消していました。でも今はそんな余裕がないから、たまに図書館に行ってCDを聴いています。『オリーブの首飾り』とか『白い恋人たち』とか、ああいう映画音楽が好きなんです」
現在、都内に住んでいるお兄さんとは、たまに電話で連絡を取っている。
「厳しい人だけど、『倒れんでがんばれよ』と励ましてくれる。両親は亡くなって兄弟もバラバラになりましたが、できることなら、また温かい家庭がほしい。今まで男ばかりの職場で浮いた話は全然なかったけど、もっと稼げるようになったら一度は結婚してみたいですね」
理想のタイプを聞くと、「自分を好きになってくれる人なら誰でもいいです」と控えめな答えが返ってきた。
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
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