販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
阿部さん
1年ぶりにビッグイシュー復帰。 つながりの大切さに気づいた。
ビッグイシュー読者の中には阿部さん(34歳)のことを覚えている人がいるかもしれない。 阿部さんは、2008年11月、「FITチャリティーラン」というイベントに参加し、ビッグイシューをPRする看板を背負って2キロを完走。国立競技場にゴールインした様子が誌面で紹介されたことがあった。中学時代、陸上部に所属していた阿部さんは「国立競技場のトラックで走れるなんて夢みたい」と目を輝かせていた。しかし、それから数週間後、阿部さんは突然、姿を消してしまったのだ。
ビッグイシューには、消息不明になる販売者がいる。心配するお客さんから「○○さんがいなくなってしまった」と問い合わせを受けることもあるが、携帯電話などの連絡手段をもたない人がほとんどなので、消息をたどることは難しい。別の販売者から「○○さんは仕事が見つかって元気にしてるよ」という話が伝わってきてホッとすることもあるが、阿部さんはどうしているのだろうとずっと気になっていた。 そんな阿部さんが、今年1月、約1年ぶりにビッグイシューに戻ってきた。以前よりぐっとやせてしまった阿部さんにどうしていたのか聞くと、身体を壊していたのだという。
「チャリティーランの数週間後、胃が痛くてどうしようもなくて病院へ行ったんですよ。そうしたら即入院になっちゃって。それで3週間ほど病院に入ってました。急性のもので特別悪いところは見つからなかったけど、ビッグイシューが思うように売れないことがものすごくストレスになっていたんだと思う。退院後は生活保護を受けてました。突然販売やめちゃったんで、事務所には行きづらかったです」 その後、生活保護を受給しながら仕事探しを続けたが、なかなかうまくいかない。ハローワークからは次第に足が遠のいていったという。
「家がないんで住み込みとか寮付きの仕事でないとダメなんです。でも、そういう求人ってハローワークにはなくって。公園清掃のバイトとかはあるんですけど、生活できるようなお金にはならないんです」そうして半年以上が経った。
「途中で(生活保護の)担当者が変わったら、仕事の催促がものすごくなっちゃって。このまま仕事が決まらないなら保護を切るって言われたんです。時間的余裕がない中で仕事を探すのはイヤだし、プレッシャーも苦手なんで、それで保護をあきらめて簡易宿泊所を出ました」 その後、新宿や上野の炊き出しでビッグイシューの販売者に再会した阿部さん。「大丈夫だから戻ってきなよ」と誘われ、再び事務所を訪れたのだという。
「1年以上経って、結局状況は何も変わってないなんて、情けないですよね。本当は介護の仕事に興味があるんですけど、いきなり現場っていうのは怖くて。介護って、人をサポートする仕事だから責任重大でしょう。『これだったら自分にできる』って確信がもてないと動けないんですよ」 阿部さんは専門学校を卒業してからこれまで、さまざまな仕事を経験してきた。家具職人見習い、警備員、自動車工場の派遣社員、新聞配達員、建築日雇い労働者、清掃員……。派遣での人間関係や建築日雇い現場でのトラブルなども少なくなかったという。
最初にビッグイシュー販売者に登録した時は、建築日雇いの飯場から逃亡した直後だった。 「40度近くなる炎天下で50キロ近いトタンを持ち上げ続けなきゃいけない仕事で、何度か気を失いかけました。このままじゃ命の危険もあるってマジで思って、それで神奈川県から新宿まで歩いてトンコ(逃亡)したんです」
その後、公園に泊まりながらハローワークに通った結果、土木関係の仕事に採用された阿部さん。しかし、1日しか続けられなかったという。 「ハローワークでは気がつかなかったんですけど、工事現場っていうのが埼玉県の奥の方だったんです。1日目は何とかなったんですけど、2日目は交通費が足らなくなっちゃって。他にも作業服の保障金なんかがかかるんで、それであきらめました」
子どもの頃からスポーツ万能で、空手の有段者でもある阿部さんだが、心が非常に繊細なのだろう。交通費が足らなくて現場に行けなくなったこと、ビッグイシューの販売がうまくいかず、胃を痛めるほどのストレスを抱えていたこと……迷惑がかかるから誰にも言い出せなかったのだという。 「自分ひとりで何とか解決しなきゃって考えてたんですね。でも今はそうは思わない。この先、生活保護を受給することになっても、ビッグイシューとの関係は続けていきたい。そういうの大事だなって感じているんですよ」
再び戻ってきて、つながりの大切さに気づいたと話す阿部さん。もう何も言わずに姿を消すことはないだろう。
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
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