販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
星春司さん
寒さと売り上げさえ気にしなかったらほんと楽しい仕事。思い出は毎日できますよ
JR代々木駅北口を担当する星春司さん(56歳)は、去年の6月末からビッグイシューの販売を始めて、もうすぐ1年になる。サラリーマンと専門学生、そして観光客もたくさん訪れる代々木駅周辺では、一見のお客さんも多い。星さんは一つひとつの冊子をクリアファイルに入れて並べ、通りがかった人が気軽に手に取れるようにしている。
「外国人観光客も多くてね。アメリカ、イギリス、オーストラリア。ビッグイシューをおみやげとして買っていくんですね。話をしてどこの国の方かわかったら、イギリスの方ならベッカムの表紙、アメリカの方なら、ロサンゼルスオリンピックの開会式の音楽プロデュースをした坂本龍一をおすすめします。あと、おみやげに人気なのは金城武さん。着物を着ているんでね」そうやって気を配る星さんの常連には、バックナンバーを求めて通う人も多い。
星さんは「カルテ」と呼んでいる表を作り、どの人がどの号を持っているかを整理して把握する。 「今は49人のお客さんのカルテがありますよ。ダブらないようにね。B6サイズの紙に表を作って、買ってもらった日付けと号を記入して一覧表にしています。ありがたいことに、バックナンバーだけを毎週16冊買ってくれたお客さんもいてね。300円を8冊と200円を8冊。そのお客さんは必ず、ちょうど4千円ぴったりに合わせているんですよ」星さんと少し話をしていると、言葉の中にたくさんの数字が盛り込まれていることに気づく。
元々は大手商社の経理だった。平成4年に退職することになった原因は、当時たくさんの人々が憂き目をみた、株での失敗。正社員を辞めた星さんは、期間社員で事務や営業の仕事を続ける。だんだんと給料が減っていき、数年前に土木作業員の仕事に移った。冷蔵庫やテレビが完備された寮生活が始まる。
「仕事によって値段が違うんですよ。ある程度は自由に選べるようになっていた。給料が高い仕事は当然きつい。一番きつかったのは、緊急災害対策といって、台風や大雨で土砂崩れしている場所を修復する作業。徳島の池田町(現・三好市)に行ってね、土砂崩れが起きて岩肌が裂けているところに、モルタルを注入していく。斜面のきついところでね。下に見張り番がついていて、変な物音がしたらいつでも逃げられるように構えていた。あれは相当危険な仕事でしたよ」
そんな土木作業の現場も、去年仕事が激減した。正規社員や派遣社員を辞めた若者たちが一気に流れ込み、より若い働き手のほうへ仕事が回るようになったのだ。3月で辞めて寮を出てから、ネットカフェで寝泊まりする日々が続いた。
たまたま豊島区役所で「路上脱出ガイド」を手にしたことが、ビッグイシューを知るきっかけになった。販売者になってからも身だしなみには常に気を遣い、ネットカフェで毎日のシャワーは欠かさない。時々はなじみの銭湯へも通う。
「正直言いますとね、すぐに部屋を借りられるようになると思っていたんです。ネットカフェで毎日1500円、月に4万円以上かかっているわけですね。だから3万6千円以内の部屋だったら、いつでも借りられると。それがなかなか初期費用の貯金がうまくいかない。難しいですね」1年近く販売を続けて、常連客は130人を超えるようになった。
朝の6時半から9時まで代々木駅前に立ち、昼間は仕入れをして、午後からまた販売をする。調子のいい時は、夜の9時頃まで立ち続けることもある。決して声は張り上げない。心がけているのはひたすら、「お客さんが気軽に買いやすい」売り場だ。「『おはようございます』『お疲れさまです』って、通る人一人ひとりに、挨拶をゆっくりするようにしています。
思い出は毎日できますよ。いろいろな人がいるなぁって。これで寒さと売り上げさえ気にしなかったら、ほんと楽しい仕事ですよ。売値を上げてもらえると助かるんですけどね。そうねぇ、330円とかどうでしょうか(笑)。サンパチって言ってね、商売では3と8がキモになる数字なんですよ」やっぱり数字の話をしている時の星さんは、とても楽しそうだ。
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
この記事が掲載されている BIG ISSUE
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特集身体をめぐる冒険