販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
Nさん
おっちゃんたちの技術を活かして、新しい仕事をつくりだすのが夢
「次回のブラジル大会にもまた行きたい。僕が行けなくても、必ず誰かを送り出したいね」
そう語るのは、JR大阪駅の桜橋口近くでビッグイシューを販売しているNさん(52歳)。9月にイタリア・ミラノで行われたホームレスワールドカップに、日本代表「野武士ジャパン」のキャプテンとして参加した。
「48ヵ国のチームがエントリーしてたんやけど、こんなにいろんな国の人とコミュニケーションできたのは、大阪万博以来の経験だった気がするなぁ。言葉はわからなくても身振りや手振り、それに一緒にボールを蹴ることで心が通じ合った気がしたよ」
チームメイトやコーチ、ボランティア、スタッフ……。仲間たちと同じ目標をもって、何かに取り組んだ経験は「一生忘れられないと思う」と感慨深そうに話してくれた。
大会が終わってからも、サッカーの練習には月に2回顔を出す。朝9時から販売の仕事をしているが、「今日は19時からサッカーや」と考えることで時間の使い方にも心にもメリハリがつくという。
「仕事しかしていなかったら、売り上げが落ちたらどうしようとか、今日は最新号の発売日なのになかなか売れないとか、悪いことばかり考えてしまう。だけど、今日の仕事は何時まででそれからはクラブ活動だと思うようにしたら、一日のリズムもできるし気持ちも切り替えられるしね」
それは体験の中から見えてきたこと。だからこそ、悩みを抱えこんでしまいがちな新人販売者にもクラブ活動に参加することを勧めているそうだ。Nさんはさらに、OHBB(大阪ホームレスビッグバンド)のメンバーとしても活躍中。演奏会や写真展といったイベントへも、積極的に参加している。
「クラブ活動に参加して、人とかかわりながら一緒に何かを成し遂げていくプロセスは本当に楽しい。シュートが決まったらむちゃくちゃうれしいし、バンドでステージに立ったらものすごい感動する。頑張ればできるという経験が、自分に自信を取り戻させてくれたんやと思う。自信が戻ると、ものの見方や人に接する態度も変わってくる。だから、他の販売者さんにももっと参加してもらえればいいなと思ってるねん」
Nさんは大阪生まれの大阪育ち。大学で経済学を学び、社会人となってからは営業畑を歩んだ。ところが9年前にお酒で失敗をしてしまい、会社を辞めることに。その後は西成へ行き、日雇いの仕事や教会の手伝いなどを経て、弁当屋でアルバイトを始めたが、そこも解雇されてしまう。そんな時、以前から知っていたビッグイシューのことが不意に頭をよぎった。
「図書館でバックナンバーを読みあさったら、興味深い記事が多かった。実際の販売者の様子も見に行ったら、しんどそうやけど、おもしろそうな仕事やなぁと思えてきて、やってみようと決めた」
それが約4年前のこと。販売者となった当初は売り上げも順調かに見えたが、1ヵ月後にはガクンと落ちてしまった。そこで、「何か工夫しなくては」と動物の人形を並べたり、声を出さないで販売をしたり、花言葉を添えてみたり。売り上げを安定させるために、さまざまなアイディアを試してきた。
「街角での雑誌販売というのは、本当に過酷で厳しい仕事。だけど、それに耐えられるのは、何よりもお客さんからの励ましがあるからやね。もうどれだけ感謝しても感謝しきれないぐらい。それなのに、お客さんのほうが『ありがとう』と言ってくれることもあって、胸がいっぱいになる。ある冬の寒い日に、中学生が僕のところにやって来てカイロをくれたことがあるんだけど、それにも感激したねぇ」
Nさんの目の前の夢は、クラブ活動などを通じて販売者仲間に自信を取り戻してもらうこと。中長期的な目標は、「脱貧困、脱ホームレス」が容易になる世の中をつくっていくことだ。
「僕たちホームレスのおっちゃんは、いろんな経験を経てきたし、技術をもってる人も多い。特に土木工事のプロはいっぱいおる。パソコンだって、勉強して習得した人もおる。なんとかこの力を活かして、仕事をつくり出したい。国内だけでなくアジアのどこかで僕たちの技術が役に立つことがあればうれしいなぁと、夢は膨らむばかりやねん」
子どもの頃から本好きのNさんは、「夢実現のためにも、勉強しなおしたい」と図書館に足を運んでは本を読み進めている。仕事に勉強にクラブ活動。「ワールドカップの余韻に浸る暇なんてないぐらいに忙しいよ」という言葉の中に、大きな充実感が漂っているようだった。
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
この記事が掲載されている BIG ISSUE
131 号(2009/11/15発売) SOLD OUT
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