販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
和田圭一さん
いつも今日も売れてくれるか?という不安はある
和田圭一さん(38歳)の販売場所は通称「キタ」と呼ばれ、JR・阪急・阪神・地下鉄の各線が乗り入れる大阪駅の界隈。会社員や若い人々が行き交う大阪きっての賑やかなエリアで、老舗の阪急百貨店を拠点に毎朝8時にはビッグイシューを掲げて立つ。
一日の売り上げは平均して40~50冊。「売り上げは天気や曜日によって変わります。好調なのは金・土・日で、月曜日はちょっと落ちますねえ」。丁寧な言葉遣いと穏やかな物腰で、和田さんはゆったりと話す。落ち着いた雰囲気を漂わせた人だ。
生まれも育ちも大阪の和田さんの生家は、海遊館(大阪で人気の水族館)のそばにあった。中学卒業後、造船所で溶接の仕事についていたが、24歳のときに「もっと給料のいい仕事をやれ」と言う両親と衝突。「心配してくれてたんでしょうね。でも、それがわかったのはずっと後になってからでした」。両親と初めてケンカをし、その勢いで家を飛び出して友人宅でしばらく居候した後、兵庫県の尼崎へ向かう。「初めは工場の仕事があったんやけど、それがなくなってからは肉体労働をしていました。この仕事は行く現場によってやる内容が変わり、自分のペースがつかみにくい。もともと腰が悪かったこともあり、身体に合わなくてやめました」
尼崎を出たのが去年の9月。それから2~3ヶ月はテント生活を送った。季節は秋から冬に変わり、厳しい寒さは和田さんから容赦なく体力も気力も奪った。が、逆境のなかでも「このままブラブラしていたくない」と思い続けた。そんなとき、テントに張られていたビッグイシューの張り紙を見た。「どこまでできるかわからないけど、やってみよう」。そう決心して販売員になったのは、2号が発売される直前だった。
販売を始めた当初は思うように声が出なかった。「販売という仕事自体が初めてやったから。売れるかどうかもわからなかったし」。1年たった今でも、1冊めが売れるまでは同じように不安だという。「今日も売れてくれるか、という不安はいつもあります」
販売で気をつけていることがいくつかある。例えば毎朝、決まった時間に立つこと。そうすれば顔を覚えて、買ってくれる人が出てくるかもしれない。また、ビッグイシューを透明なビニール袋に1冊ずつ入れて売ることもその1つ。「手に汗をかいたら表紙がベタつくし、もし手垢がついたらお客さんがイヤな気持ちになるでしょう?お客さんあっての僕らやから、小さいことでも気を使いたいんです」。お客さんの話になると、柔らかい口調に力がこもる。
ほとんど毎朝、決まった時間にお茶を差し入れてくれる女性のお客さんがいる。「暑い時期にはわざわざ凍らせて持ってきてくれるんです。常連のお客さんや、心配して声をかけてくれる人もいる。そういうことが嬉しいです」。だから身体が少々辛くても頑張れると言う。
ケンカ別れして以来、家には一度も立ち寄っていない。姉と妹に挟まれた3人兄妹。2人とも、もう結婚しているそうだ。ずいぶん前に妹さんから捜索願いが出されたが、和田さんが元気にしているとわかり取り下げられた。帰りたいと思ったことも何度かあるが、自分から飛び出したという事実が、家に向かう足を止めさせた。「母は7~8年前に死んだと聞いています。一度くらい会いたかったし、葬式にも出たかった……。父はどうしているのかはわかりません。生きていれば70歳くらいかな。姉と妹にも会いたいけど連絡先がわからなくて。この記事を見てくれればいいんですが」
まだ30代の和田さんは、販売員仲間では若い部類に入るそうだ。「音楽はglobeが好きです。KEIKOさんの声はいいですねえ」と、趣味もぐっと若い。ご結婚は?と尋ねると、ちょっと照れ笑いをして「その前に自分の部屋を借りないとね」と答えてくれた。「少しずつやけど、そのための貯金もしてるんです。1日でも早く部屋を借りて自立したい」。ちなみに好きな女性のタイプは真野あずさで、年上好みらしい。「僕がおとなしい方なので、芯のしっかりした、引っ張っていってくれる女性がいいかなと思います」と笑う。
ビッグイシューの販売を通じていろんな人との出会いがあった、そのことに感謝していると話す和田さん。「自立できたらお礼の一言を言ってまわりたいんです。お世話になった人たち、毎月買ってくれた人たち、それから心配してくれた人たちにね」
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
この記事が掲載されている BIG ISSUE
18 号(2004/12/01発売) SOLD OUT
特集男こども、みんな化粧する