販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
羽根寿生さん
大阪の中心でビッグイシューを叫ぶ。 ビッグイシューを卒業できる日が来たら家族に話をしに行きたい
「みんな、ココはいい売り場だって言うけど、立ってみると、とんでもなく大変。人が多すぎて、前からも後ろからも人が押し寄せるし、風が強くて雑誌は飛ばされるわ、目の前でペルー人が歌い出すわで、毎日、戦場にいるみたいだよ」
そう語るのは、4月から雑誌を販売する羽根寿生さん(43歳)。くだんの売り場は、JR大阪駅と阪急百貨店をつなぐ横断歩道のたもとで、足早に行き交う大阪人のせっかちさが最も如実に表れる名所としてマスコミでもたびたび取り上げられる大阪の中心地だ。周囲の喧騒に負けじと、販売時はできるだけ声を張ってビッグイシューの存在をアピールする。一日の終わりには声が枯れていることもしばしばだが、それでも思うように売り上げが上がらない時もあり、格闘の日々だという。
「勤め人だった頃は、ホームレスの人を見て気楽なもんやと思っていたけど、いざ自分がなってみたら、どこが気楽なもんか!と思う。食うのと寝るのがかかっているから、朝起きたら、今日は売れるか売れないか、毎日が一か八かの真剣勝負。変な話、日々の生活がギャンブルみたいで、パチンコ欲なんかすっかり消えたよね」
京都市出身で、ほんの半年前までは実家暮らしの社会人だった。が、その内実は親との折り合いが悪く、警備員の仕事も単調で孤独な職場だったため、ストレスばかり溜めてパチンコに入り浸る毎日だった。もっと別の世界があるんじゃないか――。そう思ったのが転機で、家を飛び出して仕事も辞めると、たちまち路上に転落した。
「住み込みの仕事を探せばいいと思っていたけど、見つからず、釜ヶ崎に辿りついた時にはもう100円ぐらいしか手元になくて、まさか自分が路上のおじさんたちに混じって野宿するとは思ってもみなかった。情けない話だけど、炊き出しに並んで鰹節のおにぎりとお粥をもらった時は妙に美味しく感じて、感謝と不安と親に申し訳ない気持ちがないまぜで涙が出ました」
ビッグイシューの販売は当初、「メシ代ぐらい稼げれば」との思いだった。だが、1日最低5~6冊の目標もクリアできない時があり、周囲に愚痴をこぼしながらも売れる販売スタイルを自分なりに模索してきた。「辞めよう」と思ったことも1度や2度ではないという。
「この夏も売り上げがガタっと落ちて、もうダメだ、辞めようと思っていたけど、販売者仲間のビッグイシューに賭ける気持ちに触発されて、こんなところで挫けてる場合じゃないよなって思い直したんです。これまではがんばって販売してネットカフェに泊まろうとか自分の生活のことばかり考えていたけど、今はビッグイシュー自体を建て直したいと思うし、ギャンブルのような不安定な仕事じゃなく、ちゃんとした仕事として販売者の仕事を成立させたい。生意気だっていうのはわかっているけど、でも本当にそれが今の僕のモチベーションなんです」
ビッグイシューの広報活動では、販売当事者として高校や大学などで講演を任されるほか、メディア取材にも対応してテレビの報道番組にも出演。まさかの路上生活からわずか半年の間に起きた出来事はめまぐるしく、先のことも予測はつかないが、多少時間がかかっても今の売り場を雑誌販売で生活できる場にして後進に渡したいと思っている。
「街頭に立って2日目に思ったのは、自分は世間に対して恥ずかしいことをしているわけじゃない、だからおどおどせずに堂々と声を張ってやっていこうということ。何かのドラマじゃないけど、大阪の中心でビッグイシューを叫ぶみたいなね。それで、もしビッグイシューを卒業できる日が来たら、家族にはちゃんと話をしに行こうと思っています」
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
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