販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

米国、『ストリート・センス』販売者 ロン・ダドリー

雑誌販売のおかげで精神的に助けられてる。 “プーカヌー”の名で音楽活動、新アルバム『Father's Day』に思いをこめた

米国、『ストリート・センス』販売者 ロン・ダドリー

「やあ、このメッセージを聞いたら折り返し電話してくれ。連絡待ってるよ」。これは昨年10月のある木曜の夜、『ストリート・センス』の販売者であるロン・ダドリーが、いとこのケイシャの留守電に残したメッセージだ。ケイシャが一緒に住んでいる恋人の男について、ダドリーは何度も危険だと警告していた。その日も彼女のアパートを訪ねる約束をしていたが、何だか嫌な予感がして、行くのをやめると伝える電話だった。
 ダドリーの悪い予感は当たった。翌朝、ケイシャと幼い娘は、同居の男に射殺された姿で見つかったのだ。事件後、ダドリーは「God's Work(神の御業)」という曲をつくり、ケイシャに捧げた。ダドリーは“プーカヌー”というアーティスト名で活動するヒップホップ・ミュージシャンでもあり、ケイシャは長年、彼の最大のファンだったと言う。
 ケイシャの事件だけでなく、ダドリーはここ数年、浮き沈みの激しい生活を送ってきた。3年前に家を失い、そのわずか2、3ヵ月後に息子のリカルドが誕生。しかしリカルドの母がドラッグ依存症だったため、彼女の実家に3人で転がり込んだのだ。こうした多くの出来事を経て、神と心の平安を求める気持ちを、ダドリーは今年6月14日にオンラインでリリースしたアルバム『Father's Day(父の日)』にこめた。
“プーカヌー”という少し変わったアーティスト名は、彼がまだ赤ん坊の頃に、祖母につけられたあだ名なのだそうだ。また、“プーカヌー”の歌詞のいくつかは、早くに亡くした母親について書かれたものだ。
「僕はワシントンD.C.で生まれた。けれど母親が重度のドラッグ依存症だったので、僕と妹は母から引き離されて、メリーランド州の田舎の養育先に預けられた。母が死んだ時のことはよく覚えてるよ。ちょうど水疱瘡が流行って休校になり、僕は家にいた。電話がかかってきた瞬間、感じるものがあった。着信ベルの音が『お前の母は死んだ』と言ってるように聞こえたんだ。母は、僕と妹に会いに来てくれたし、少なくとも誰かに助けを求めようとはしていた。ただ、ドラッグの力が強すぎたんだ」
 メリーランドの農場で、ダドリー少年は勤勉に働くことを学んだ。「今の僕の姿からは信じられないだろうけど、干し草をつくったり、タバコの葉を刻んだり、早朝にカニ漁に行ったり」。ずっと母親とワシントンで暮らしていたら、おそらく今日まで生きのびられなかっただろうと彼は振り返る。
 20年近くワシントンの音楽シーンで活動してきた“プーカヌー”は、『ストリート・センス』の長年の支援者でもあり、コンサートイベントに出演したこともある。今も毎日音楽をつくっていると言うが、まさか自分がストリート紙の販売者になる日が来ようとは、思いもしなかった。
「3年前のある日、住む場所を失い、途方に暮れて歩いていた僕は、『ストリート・センス』の販売者にすれ違った。実は彼女は、前から僕が応援していた人だったんだけど、一目で僕の傷心を感じ取ってくれたらしく、そのまま1時間近くも話を聞いてくれた。そうしている間にも、彼女は『ストリート・センス』を売っていくらか稼いでいて、再び自分の足で立つために販売者になるべきだと、僕に強く勧めたんだ」
「その1ヵ月後、試験期間を経て僕は正規の販売者になった。始めたからには、もう後ろを振り返らない。まだ安定した住居には入れていないが、この仕事のおかげで精神的にすごく助けられてる。いつも言うんだけど、ただで『ストリート・センス』を配りたいくらいだよ。この世にいる大半は善良な人々なんだって僕に教えてくれるうえに、詩やエッセイなど、紙面上でも僕に表現の場を与えてくれるから」

(Tom Coulter/Street Sense, www.INSP.ngo)

(写真クレジット)
Photos: Street Sense

(写真キャプション)
プーカヌーのアルバム『Father's Day』
ストリーミングはこちらから
https://pookanu.bandcamp.com/

(雑誌情報)
『ストリート・センス』
●1冊の値段/2ドル(約125円)。そのうち1ドル50セントが販売者の収入に。
●販売回数/隔週刊
●販売場所/ワシントンD.C.とその郊外

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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