創刊の背景

ビッグイシュー日本版 創刊の背景

1991年に英国で始まったビッグイシュー。日本では2003年9月に『ビッグイシュー日本版』を創刊しました。

2002年9月、水越洋子(現編集長・共同代表)がビッグイシュー・スコットランドの創設者メル・ヤングに会いにグラスゴーを訪問。帰国直後の10月にビッグイシュー日本版発行準備会を佐野章二(現共同代表)とともに発足し、創刊の可能性を探りました。

創刊にむけてアドバイスを求めた人々の反応は、「反対する理由はトラック一杯分くらいある」「100%失敗する」。そんな中、国際担当として参加した佐野未来がメル・ヤングを介して『ビッグイシュー』の創設者ジョン・バードに会い、応援を取り付けたのです。

2003年5月に有限会社ビッグイシュー日本を設立、6月に『ビッグイシュー』創設者、ジョン・バードが来日。8月、NPO法人釜ヶ崎支援機構の協力のもとホームレスの人への説明会を開催しました。

2003年9月11日創刊。英国ロンドンで初めて『ビッグイシュー』が発刊された日からちょうど12年目、奇しくも水越が『ビッグイシュー・スコットランド』についての雑誌記事を読み、直感に促されてスコットランドを訪問した日(2002年9月12日)からちょうど1年がたっていました。

迎えた創刊日、集まった販売者19名とロンドンから応援に駆けつけてくれたジョン・バードとともに『ビッグイシュー日本版』はスタートをきりました。

2021年3月現在、月2回(1日と15日)発行し、札幌、仙台、東京、神奈川、名古屋、大阪、京都、奈良、兵庫、岡山、福岡(現在休止中)、熊本、鹿児島(現在休止中)で販売しています。

英国から世界ネットワークへ

英国ビッグイシューの活動と事業

ビッグイシューの始まりは、国際的な化粧品会社ザボディショップの創設者であるアニータとゴードン・ロディック夫妻が、ニューヨークでホームレスの売るストリート新聞を見かけたことでした。ゴードンが、古い友人で後に『ビッグイシュー』の創始者となるジョン・バードに市場調査を依頼し、バードはビジネスとしてならロンドンで十分成立するという結論を出しました。

誰もが買い続けたくなる魅力的な雑誌をつくり、ホームレスの人たちにその雑誌の販売に従事してもらうというポリシーで、1991年にバードはロンドンで『ビッグイシュー』を創刊しました。その結果、大成功を収めたのです。

続いて1992年に『ビッグイシュー・ノース』、1993年に『ビッグイシュー・スコットランド』が発刊されました。さらに、ホームレス問題が国際的な問題であるとの認識から、1993年にはビッグイシュー・ロンドンが中心となりインターナショナル・ネットワーク・オブ・ストリートペーパーズ(INSP)を創設しました。現在INSPの事務局はスコットランドにあり、世界35ヶ国のホームレス問題に取り組む100誌以上のストリートペーパーが加入しています。 (国際ネットワーク

ジョン・バードと『ビッグイシュー』の誕生

ゴードン・ロディックとのパートナーシップ

1967年の冬、ジョン・バードとゴードン・ロディックはエジンバラの酒場で出会いました。詩人だった二人は詩の話で盛り上がり、たちまち仲良くなりました。

1990年の6月、国際的に成功したボディショップの会長となっていたロディック夫妻は、ニューヨークで『ストリート・ニュース』という新聞をホームレスの人から買いました。施しではなく仕事をつくるという仕組みに感銘を受けた夫妻は、自社のファウンデーションにロンドンでの可能性についての調査をさせました。しかし、その結果はノー、だったのです。

1991年の3月、ストリートペーパーの可能性を信じるゴードンは旧友のバードに話を持ちかけました。自身が貧しい子ども時代やホームレス状態を経験し、チャリティ嫌いだったバードは言いました。「なんで俺がそんなチャリティをやらなくちゃならないんだ」。「誰が、チャリティって言った?ビジネスだったらどうだ?」とゴードン。そこで、バードはビジネスとして可能かどうか、を調査しました。ゴードンは「彼を100パーセント信頼していた。もし、ストリートペーパーを実現できる人間がいるとしたら、それはジョンしかいない、と思っていた」とのちに語っています。バードは見事にその期待に応えたのです。

ジョン・バードとホームレス

「物乞いをするくらいなら、何でもする」

ジョン・バードは1946年、ロンドン西部のノッティンヒルで生まれました。アイルランド出身でカトリックの母とプロテスタントの父のもとでカトリック教徒として育てられます。

いまではおしゃれな、ハリウッド映画の舞台ともなった、ノッティンヒルですが、当時は貧しい労働者の街でした。彼の家族も貧しく、兄弟4人が孤児院に預けられたこともあります。10代には路上生活をしたり、少年院に入っていたこともあったバードは、さまざまな職業を転々とした後、印刷技術を身につけ、自分で印刷や出版を始めました。

1991年にゴードンから調査を依頼された時、彼はとりあえずホームレスの人々と話すことからはじめました。その頃、イギリス各地では路上生活者や物乞いをする人々の数が増え、大きな社会問題となっていました。ある日20歳くらいのホームレスの青年にストリートペーパーの話をし、意見を聞くと「売ることかい?物乞いに比べりゃ、何だっていいよ」と言いました。その一言が彼にスローガンを与えました。「物乞いをするくらいなら、何でもする」。ホームレスの人々は怠け者で自ら進んで物乞いをしている、と言う人々に突きつけることができるスローガンだったのです。

ジョン・バードの考え 仕事は平等への一番のツール

カトリック教徒として生まれ、若い頃は社会主義革命運動にも参加したバードですが、ビッグイシューによって社会的企業(ソーシャル・エンタープライズ)の先駆的モデルをつくり、その功績は英国政府や王室によっても高く評価されるようになっています。

ビジネスの手法を使うが、その利益は社会を変えるために使う、と彼は言います。人々が「政府からの援助を受けるのはまるで最悪のホテルにチェックインするようなもの」で、政府の限界は「皆に同じように与える」ということだといいます。それによっていくらかの人々を助けることができるが、ほとんどの人々は同じ所にとどまるか、より悪い状態におちてしまう。そして自分に責任の持てない人間をつくり出す、と彼は言います。

ビッグイシューの基本アイディアは、セルフヘルプです。人は自分で成し遂げたという達成感によって自信を得、前向きに生きる力を得る、仕事は人々に平等を与える一番のツールだとバードは言います。彼は自身をも振り返りながら、問題の一部となったものが問題の解決策を担う、というのがビッグイシューの考え方であると語っています。

*社会的企業(ソーシャル・エンタープライズ):ビジネスの戦略を用いて社会的な病弊と戦う、新しい種類のダイナミックな起業家による組織。
*イギリスの社会的企業の定義:
機関や形態によって詳細は異なるが、以下の2点がポイント。
1.社会や環境問題の解決を目的に活動する企業。
2.うまれた利益・利潤をさらなる社会的・環境的目的のために再投資される。