販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
吉川誠さん
お客さんや仲間たち、人と人とのつながりを今、ひしひしと感じているよ
大阪市役所のすぐそば、土佐堀川に架かる「淀屋橋」の北西角でビッグイシューを販売している吉川誠さん(42歳)。御堂筋の銀杏並木を南の方向に眺めながら、朝8時頃から夜7時頃まで雑誌を掲げて立っている。
「休みは日曜日だけ。あとの日は朝から頑張って売っているよ。昼食はビッグイシューの事務所まで仕入れがてら休憩しにいったり、川べりのベンチに腰掛けてコンビニで買ったお弁当を食べたり。でも、休憩しているときは、もし今、知り合いが買いに来てくれていたらどうしようって心配になるけどね」
聞けば、吉川さんからビッグイシューを買うために、西成区・釜ケ崎にいた頃の知り合いなどがこの場所までわざわざ訪ねてきてくれることもあるそうだ。「それは本当にありがたいこと」と感謝の気持ちでいっぱいになるという。
吉川さんが販売者になったのは今年の9月半ばのこと。釜ケ崎で出会った先輩ベンダーから「ビッグイシューの販売をしてみないか」と誘われ、その翌日には事務所へ説明を聞きに行った。
「最初に話を聞いたとき、不安や迷いは不思議なほどなくて、どちらかというと楽しそうな仕事に思えて、すぐに販売をスタートすることにしたんだ。でも、始めて間もない頃は、なかなか売れなくて不安になったこともあった。最近はペースもつかめて、曜日や天気、月初めや月末など、いろんな要素が販売数に影響することもわかってきた。今は、顔なじみのお客さんも増えてきたし、若い人から年配の方まで本当に幅広い年代の人が買っていってくれる。ずっと素通りしていた人が1冊買ってくれたときは驚いたけど嬉しかったね」
出身は埼玉県。子どもの頃は少し身体が弱く、野球やサッカーなどのスポーツは控えなくてはいけなかったという。だから、時間があるときには本を読んで過ごしていた。そんな「わりとおとなしい子どもだったかな」という小中学校時代ののち、電化製品の部品を作る地元の会社に就職した。
「和気あいあいとした職場で居心地は良かったんだけど、仕事内容に興味が持てなくてね。中学を出たばかりで幼かったし、そのうち仕事をよく休むようになってしまったんだ」
この会社は1年ほど勤めたのちに退職。その後は、吉川さんのお父さんが勤めていた会社で働かせてもらうことになった。塀などに使われるブロックを作る工場で、こちらは休まずに出勤を続けたが、3年後には辞めてしまった。
「仕事のことやお金の使い方などで、家族との喧嘩が増えてきてね。それに耐えられなくなって、家を飛び出してしまって…」
当時20歳だった吉川さんが、一人で向かったのは東京。所持金が少なく、自分でアパートを借りるのは難しかったため、住み込みで働けるところを探した。そして見つけたのは建設現場での作業員の仕事。数ヵ月単位で契約が更新されていく短期雇用だったが、寮が用意され、住む場所が確保されていることは魅力だった。しかし、東京に出てから4年が経つころには、提示される契約が1週間毎になるなど不安定さが増したため、新天地を求めて福岡へ。
「あてがあるわけでもなく、ただ新しい環境で一からやり直してみようと思ったんだ。でも、福岡は東京以上に仕事がなかったよ。次に四国へ行ったけど、そこもいい仕事がなかった。それで関西に来たんだ。それが10年ちょっと前かな」
それからは、釜ケ崎を中心にしながらも京都や名古屋へも仕事を探しにいった。
「僕は会社員よりも、現場で働くほうが自分に向いていると思っていた。働く先々で出会った現場監督からも、そう言われたよ。黙々ときっちり仕事をするからかな。それに、1週間を通しての現場ならきちんと毎日働く。途中で休む人が案外多いんだけど、僕は休まないから好まれたのかな。休みの日にご飯や競馬に誘ってくれる監督もいたなあ」
埼玉を出てから20数年。いつの間にか家族とも連絡が取れなくなってしまった。これまで各地を転々としてきたけれど、このまま大阪には長くいるような気がするという。
「なぜかというと、ビッグイシューでできた人のつながりが大事に思えるから。建設現場の仕事は、人間関係を築くのが少し難しいものだったんだ。でも今は、お客さんからの応援の声も励みになるし、OHBB(大阪ホームレスビッグバンド)に入ったことで仲間たちとの輪もできた。事務所の雰囲気もとてもいい。販売者になってから楽しいと思える時間が増えたんだ」
吉川さんの今の目標は、1日の平均売り上げを20冊にまで伸ばして、年内には簡易宿泊所に入ることだそうだ。そして、「生活が落ち着いたら、これまで行ったことのない北陸へ行きたい。もちろん、仕事ではなく旅行でね」
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
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