販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
杉浦弘明さん
まだやり直しはできる。頑張って働く姿が家族に伝わり、いつか再会できたらうれしい
読書が趣味で、敬愛する作家は井伏鱒二と太宰治。
「作品に弱者への優しさがあふれているような気がするんですよ。太宰治の小説では、特に『富嶽百景』が好きですね」と話すのは、大阪・天王寺の陸橋下、南西角でビッグイシューを販売している杉浦弘明さん(42歳)。本を読んでいると、とても心が安らぐのだという。
杉浦さんは周囲にとても気を遣う。販売場所に到着するとまず、持参した大きな袋からちり取りとほうきを取り出し、30メートルほど向こうにあるビルの前までを丹念に掃除する。そんな広い範囲を掃くんですか?と驚くと、「商売人のマナーですから」とにっこり。また、「ここは、女性のお客さんも多いので」と、髭剃りや歯磨き、福の洗濯も欠かさない。
この場所に立ち始めたのは08年の10月。しかし、販売者となったのは実は今回で4度目。
「最初に販売者となったのは05年の夏で、その時は大阪の寺田町で売っていました。あとは天王寺の北口や難波でも販売したことがあります。毎回、思うように売上が伸びない時期があり、どうにも生活が立ち行かないと感じてしまって…。その繰り返しでした」
販売者を辞めた後は福祉施設に入所し、施設内で掃除をしたり内職をしたりしていたが、先のことを考えた時、いつも頭に思い浮かぶのはビッグイシューのことだったという。
「施設に頼らず、やはり自立したい。そう考えるといてもたってもいられず、『また販売者をしたいんです』と事務所に電話をしていました。今回もスタッフの方が『杉浦さんなら安心です。また、販売者になってくれますか』と言ってくれ、本当にありがたく感じました」
19歳の時、父親の経営していた会社が倒産。家族全員で、長く暮らした神戸から大阪へとやって来た。パチンコ店で住み込みで働き始めたが、休日は月に1~2回、日々の労働は朝9時から夜の12時過ぎにまでおよび、数ヵ月後にはその過労が原因でうつ病を患った。
入院をして治療をしながら、外の鉄工所に働きにも出たが、その鉄工所でも働きすぎて疲れがたまってしまった。
「ケースワーカーさんから『長距離ランナーじゃなくて、短距離ランナーですね』と言われたことがあるのですが、私は仕事に一生懸命になりすぎることがあって、必要以上に頑張りすぎて疲れてしまうようです。退院後は新聞販売店に勤めたのですが、遅刻もしないし新聞の入れ忘れもないと店長さんからは褒めていただくこともありました。でも、薬が身体に合わなくなったりすると心が落ち着かなくなることがあるのですが、新聞配達というのは休むことのできない仕事。迷惑をかけたくないこともあり、辞めてしまいました」
杉浦さんの心の病気は完治したわけではなく、現在も通院して治療を続けている。
「以前、同じ心の病気を抱えているというお客さんが来られたんです。その方に、『あなた自身が怠け者なわけでもないし、心のもちようの問題でもないんです。これは病気のせいなんだから、決して自分を責めないでくださいね』とお話したら、涙をポロポロこぼされて…。私は今、自分がこの病気を経験してよかったと思えるんです。同じようにつらい経験をしたからこそ、うつ病で悩む人の気持ちがわかるんですから」
販売を終えると、かわいいジュウシマツが待つ簡易宿泊所へと帰る。「眠る場所があるのも、食事ができるのも、お風呂に入れるのもお客さんのおかげです。どれだけお礼を言っても言い足りません。300円を出して本を買ってくださる方の中には、不況で生活が苦しい方もいるはず。だから、頂戴したお金は1円も無駄にせず、大切に使いたい」
これまで長く続かなかった販売者としての日々も、今回はできる限り長く続けたいという。
「まだ、やり直しはきくと信じています。そのために、まずは半年、そして1年…と、この仕事を1日でも長く続けることが目標です。そして、連絡の行き違いで音信不通になってしまった家族に、私がこの場所で頑張っていることが伝わり、いつか再会できたらうれしいですね」
終始柔らかな語り口の中にも、強い意志が込められているのを感じた。
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
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