販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
高橋さん
販売者を卒業して、目指すは、野菜も育てる料理人
今年の2月からJR神田駅で販売している高橋さんは、まだ弱冠30歳と販売者の中でもとりわけ若い。動作もしゃべり方もハキハキとしていて、快調に冗談も飛ばしてくる。
ビッグイシューの文化活動やダンスチームの「ソケリッサ」にも積極的に参加しているそうだ。
「『自由に踊っていい』って言われるんですけど、みんなと自分の動きが明らかに違うんですよ。俺の動きはタテのり系なんで(笑)。10代の時にパンクバンドをやっていたから」と笑う。
十数年前にバンドマンを目指し、実家の宮城県を飛び出して上京した。アルバイトをしながらバンドを始め、多忙な日が続いた。その反動で、目標のイベントが終わると抜け殻状態に。
「一人になりたくて、テレビで見た箱根に行きたいけど、どっから行くんだろうって考えて。東北の人間って、困ったら上野なんですよ(笑)。でも上野に行ったら、箱根行きがない。それで急きょ、上越新幹線に乗って新潟の湯沢に行くことに。そこでたまたま入った飲み屋のカウンターに立っていたのが、前のかみさんです」
店を辞めた彼女と高橋さんは、東京で同棲生活を始める。
「それから2人で宮城に帰って、ペンキ屋の仕事を2年くらいやったんですよ。それで腰を壊しちゃって、ヘルニアで入院しました」
退院後は短期の仕事でつないでいたところ、彼女が妊娠。彼女の両親の強い勧めもあり、新潟にある彼女の実家に住むことになった。まだ21歳の時だった。
新潟では、警備員として勤務した後、水道ガス工事会社へ。その頃から、彼女の両親との折り合いが、どんどん悪くなってくる。
「向こうの親は、どうも俺を婿養子にして後継ぎにと考えてたみたいで。入籍する1週間前になって急に『苗字を変えたほうがいい』と言われた。もめて口もきかなくなって。子どもが生まれてからは、かみさんともあまりしゃべらなくなっちゃって……」
そんな中、突然、えもいわれぬ虚脱感が高橋さんを襲った。仕事に行こうとすると気持ちが悪くなる。次の日、仕事に行こうとすると、また具合が悪い。次の日も、その次の日も。
「1ヵ月が経って病院に行ってみたら、『あなたは中度のうつ病です』って。人とも会いたくない、何もしたくない、眠れない。もうだめだって、かみさんと別れたんですよ。3年半くらい前のことです」
車でしばらく放浪した後、宮城の実家に戻ることにした。やる気が起こらず、2~3ヵ月ひきこもっていたという。
「本を読んでいる時だけ気が紛れるんです。そしたらだんだんうつが回復してきたんですよ」
栃木の車の工場に派遣で勤務した後、宇都宮で住み込みの土木作業。仕事がなくなって、また東京へ移動する。
「友達の紹介で、寮に入って建設現場の仕事を始めたんです。でも、なんかつまらなくて。そしたら『もういいや』って、また悪い虫が。辞めてからフラフラと公園に。おじさんたちに公園での寝方や、炊き出しを教えてもらった。そこでビッグイシューを知ったんです」
最初はまったく売れず、新号発売日でもたったの4冊。高橋さんは一念発起し、朝の6時半や7時のラッシュ時から立つようにした。すると少しずつ売れ出して、常連もできた。
「バックナンバーを一気に買ってくれたり、差し入れをもらったり。常連のお兄ちゃんとも仲よくなって、今度クレープを食べに行くんですよ(笑)」
人と会う約束が増え、周囲が賑やかになってきた。
高橋さんには今、やりたいことがある。料理人を目指して、まずは自分で野菜を作ってみたい。地方の農家に住み込んで働く、ボラバイト(ボランティア+バイト)に挑戦したい。
「今までは、目標が何もなくて、何をやっても長続きしなかった。食材作りを自分が納得するまでやりたい。個室で自炊ができる所もあるので、提供された野菜を使ってどんな料理が作れるか、楽しみながらやりたいですね」
かつて心が沈んでいたとは思えないほど、今の高橋さんは表情が活き活きとしている。神田駅前に高橋さんの姿が見られなくなった時、心から高橋さんの門出を祝いたい。
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
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