販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

Nさん

震災の影響受けたまんじゅう祭り。 来年お金を貯めて郡山に行きたい

Nさん

「誰もいなくて、『本当にここでいいのかな』と思っていたら、事務所の人が声をかけてきた。『どうぞ』って」 Nさん(39歳)が東京事務所を訪れたのは、夏の暑さがピークを迎えようとする8月の頃だった。7月に職を失い、ネットカフェに寝泊まりしながら仕事を探している中、ビッグイシューのホームページにたどり着いたのだ。「毎週土曜日に説明会をしているって書いてあったから、直接行ったのにあまり人がいなくて」

スタッフに説明を聞いて、話をして、Nさんは販売を始めることにした。最初は事務所近くでスタッフと一緒に販売体験。その後、売り場を割り当てられてひとりで立つようになる。販売者になるために、誰もが通るお決まりのステップだ。

「『日本橋はどう?』って聞かれた時に、『日本橋なら少し詳しいし、いいな』って思ったんだ」というNさんは、高校を卒業してすぐの働き先が都内のレストランだった。ウエイターとして修業を積みながら、先輩から「食べ歩くのも仕事」と教わり、日本橋界隈のお店もいろいろ開拓していた。

「勤めていたのはけっこう有名なお店だったんだけど、いろいろ失敗してたら『明日から来なくていい』って」と、言葉を選びながらも失敗の数々を笑い話として語ってくれたNさん。レストランのあとは、携帯電話の販売やレンタルビデオ店、派遣や日雇いなどさまざまな職歴を重ねた。数年続いたものもあるが、店の事情で解雇されたことも一度ではない。この7月までは、一年契約のアルバイトとして介護施設に勤めていた。「面接に行ったら、『君、キャラがいいから働いてみない?』って言われて」未経験ながらも、介護の仕事に就いたのが去年の夏。小さな施設だったために、介護だけでなく、食事の献立作りや調理そのものも業務に含まれた。

慣れない調理だったが、自分なりに工夫をし、最低限の仕事ができた自信はあった。でも、料理とおむつ交換のタイミングは難しいと思った。結局、契約は1年限りで更新されることがなく、路頭に迷うことになったのだった。

今は、平日・土日に限らず朝10時ぐらいから午後6~7時まで日本橋コレド前の角に立っているNさん。観光客などに道を聞かれることも多いという。だいたいの道は答えられるが、都バス発行の地図入り路線図を、日本語版と英語版の両方、念のためにカバンに控えている。「ビッグイシューはいいお客さんが多いから、いいんじゃないかな。いかにも商売な感じもいいと思っているし、やりがいはあるね。始めた頃に比べたら売れるようになったし」

伸びている売り上げは、にこやかな人柄のせいだけではない。「買ってくれた人の顔はわかるから、そういう人には『いつもありがとうございます』って言うようにしてる。接客業で大切なのは、買ってくれた人が『この人から買ってよかった』『またこの人から買おう』と思うこと」と、自分なりの接客の心得を明かしてくれた。

今は、まだ貯金もできていない。だが、もともと旅行好きのNさんは、少しお金が貯まったら旅に出たいと言う。好きな旅先を訪ねると、「うーん」と少し考え込んで、こう答えた。「長野と、郡山かな。長野は善光寺が好きなのと、おそばがおいしいから」

郡山を初めて訪れたのは、7年ほど前。郡山では嘉永5年から続く薄皮饅頭の老舗・柏屋が毎年4月にまんじゅう祭りを開催している。無料で饅頭とおみくじが配られるのだが、よく当たると評判のおみくじが自身にもよくあてはまっていると感じたNさんは数年前から毎年欠かさずまんじゅう祭りに参加していたのだ。駅近くにいるホームレスさんとも言葉を交わすようになっていたのだが、震災直後に訪問した際に姿を見かけなかったのが、今でも気になっている。「荷物も寝床もなくなっていたんだよね」

昨年と今年は、震災の影響で従来通りには行われなかったまんじゅう祭り。来年開催されるなら、それまでにお金を貯めて郡山に行きたいとNさんは言った。名も知らぬ仲間の、安否を気遣う心根のやさしさが伝わってきた。

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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