販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
英国ビッグイシュー元販売者、クリーブ・グリーン
ライフ・コーチとして成功。 自分を信じてくれる人が1人いるだけで 人はここまで成長できる
ビッグイシューの販売を通して人生を再建した人たちが、 予想もしていなかったところに行き着くこともある。 英国の販売者、クリーブ・グリーンの場合は、地球の裏側だった。
マンチェスター出身のクリーブは46歳。1990年代のほとんどをブライトンでビッグイシュー販売者として過ごしたが、その後人生の転機を迎え、今はニュージーランドのオークランドでライフ・コーチとして成功を収めている。
「ビッグイシューにいた頃は、主にクイーン・ストリート周辺とザ・レベルという公園で販売していました」とクリーブは振り返る。「ブライトンはまるで、住む家がなく行き場のない人たちを世界中から惹きつける磁石のような場所でした。当時は、クリスマス・キャロルを歌って踊りながら、ビッグイシューを売ったことを覚えています。ホームレス状態だからといって、ただ座って打ちのめされているのではなく、道行く人たちをジョークで笑わせるのが、僕のお気に入りの販売戦略でした」
クリーブは、路上生活から脱け出したり、そこに戻ったりしながら4年以上を過ごした。その原因は、1990年代初めの不況真っ只中での失業に加えてアルコール中毒に陥ったこと、そして何もかもを奪い取るような路上生活そのものにあったと、本人は考えている。
「マンチェスター北部から、たくさんの仲間たちとブライトンに出てきたのですが、僕たちのほとんどが仕事もなく無教養で、地に足をつけたまともな生活というものを真剣には考えていませんでした。その結果、後に大きな代償を支払うことになったわけです。気づけば、アルコール中毒者や大酒飲み、薬物使用者、犯罪者に成り下がっていました」
ビッグイシュー販売者を辞めた後に転職話がもちあがり、クリーブは英国南西部のシリー諸島に渡った。そして、そこで今の奥さんと出会い人生を一変させた。「自分を信じてくれる人が1人いるだけでここまで成長できるとは驚きです」と彼は話す。「うちには9歳のメロディと6歳のモンティという2人の子どもがいますが、2人とも生意気ざかり。でも、僕にとっては、驚くほどキラキラした存在です」
妻に支えられ、クリーブはIT、経営学そして心理学を学び、最終的に通信大手に職を得てロンドンに移り住んだ。出張でブライトンを再び訪れた時のことをクリーブは覚えている。この時は昔とは違い、スーツに革靴という格好だった。列車から降りて、街頭に立つかつての仲間3人を見つけた。
「みんなでおしゃべりをしました」とクリーブ。「でも、私の今の姿を見て彼らは複雑な心境だったと思います。あれから何年も経っているのに、彼らの生活は何も変わっていないわけですから。僕もその現状に、とても悲しかったです。本当に」
2年前、クリーブの人生はまた転機を迎えた。妻と子どもたちを連れて突然、オークランド北部の、彼曰く「驚くほど美しい」ハイビスカスコーストに移住したのである。「どこまでも続くかのように黄金の砂浜が広がっている」ところだと言う。
現地で「What if…?」を設立、ライフ・コーチング業を始めたクリーブ。しかし、ニュージーランドでの新しい生活を気に入っている一方で、ブライトン時代のある友人の悲劇的な最期を聞いたことでビッグイシューに再びかかわろうと心に決めている。クリーブは、自らの経験が、同じような状況に陥っている人たちにとって希望の光になってくれればと願っている。
「年月を経るとともに私の飲酒癖は治ってきています。おそらく、家族や、ほかの人たちを助けたいと思う心といった『夢中になれるもの』がほかにできたからだと思います。あまりにも充実していて、ほかのものから刺激を得る必要がないのです」
「人々を成功に導き、彼らが変わっていく姿を見ることで、私は毎日元気をもらっています。今の仕事も、ビッグイシュー販売を含め、いろいろな経験をしてきたからできることです」と語るクリーブ。「試しに、これから1ヵ月、行く先々で周りの人に笑顔で接してみてください。そして、その1ヵ月の間に何が起きるかを観察し、相手の反応を見て、あなたの周りでいろいろなことが起こり始めるのを実感してください」。そう言ってにっこりと笑った。
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
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