販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
川村幸雄さん
少しずつ増えてきた常連さん こんなに応援されているのに簡単にはやめられない
駅前には、実にさまざまな人が行き交う。阪急塚口駅南口に立つ川村幸雄さん(61歳)は、ビッグイシューの販売をしていると目に入るそんな改札付近の風景に、時折切ない気持ちになってしまうという。
「おじいさんがお孫さんの手を引いて歩いていたり、家族が一緒に電車に乗り込んでいったり、そんなシーンを見ていると、つい息子や孫のことを思い出してしまうんですよ。二人目と三人目の孫が生まれたとは聞いたけど、一度も抱いていないしねえ。僕がこんな状態じゃ迷惑をかけるだけだし、もう行方もわからないって思ってもらったほうがいいと思って自分から連絡を絶ったんです。もちろん、すごくつらかったけどね……」
今年の3月に販売者となって約4ヵ月。「この仕事にも少しずつ慣れてきたけど、売り上げの悪い日はやっぱり落ち込むねえ」と苦笑する。1ヵ月目はある程度売れたものの、2ヵ月目、3ヵ月目は思うように本が売れない日が続き、「もうやめようかな」という思いが何度も頭をよぎった。
「でも少しずつ増えてきた常連さんの顔が浮かんで、あんなに応援してもらっているのに簡単にはやめられないやって、気を持ち直すんですよ。『がんばってね』と声をかけてくれたり、僕が手さげカバンしか持っていないのを見て『背負うほうがラクでしょ?』とリュックを差し入れてくれたり、こんな僕のことを気にかけてくれるなんて、すごくありがたい。それに、やめちゃったら食べていけなくなるし、この仕事をがんばるしかないんです」 奈良に生まれ育ち、中学生の時に家族と一緒に大阪へ。高校卒業後は知り合いの紹介で写真関連の仕事に就いた。26歳で結婚して一児をもうけたが、仕事上のつき合いもあってお金使いが荒くなり、夫婦喧嘩が絶えなくなった。次第に家に帰らなくなり、33歳の時に離婚。家を出て、住居も仕事も転々とする生活が始まったという。
50歳を過ぎた頃から体調も崩し、仕事も思うように見つからなくなり、不安定な生活に。路上で夜を明かすようになったのは、還暦を迎えた2012年の年末だった。
「どうしたらいいもんかなあと気は焦るんだけど、どうしたらいいかわからない状態でね。そんな時、区民センターで開かれていた無料の映画会を観に行って、ビッグイシューのスタッフに声をかけてもらった。本当に売れるんかいなという気持ちだったから、あまり気がすすまなかったけど、その時に一緒にいた人が事務所に話を聞きに行くというので、僕もなんとなくついて行ってね(笑)。事務所でスタッフに『この先のことを考えていますか』と聞かれて『明日のことしか考えていない』と答えてハッとしたんです。とにかく何か始めないとって」
販売者となったことで、段々と意識が変わってきたと話す川村さん。「それまでは時間があってないようなダラダラした毎日を送っていたけど、仕事を始めてからは生活パターンががらりと変わった。一日働くと大きな充実感を感じられるし、夜にぐっすりと眠れる。仕事をすることで心と身体も変わってきたんだろうなあ。最初の頃は雨が降ったら休んでいたけど、今では自分からスタッフに『雨でも立てるところありますか』って聞くようになったしね」
「今でも本を仕入れる時はすごくドキドキする。仕入れたはいいけど、売れなかったらどうしようと思って。立ちっぱなしのしんどい仕事だけど、まったく知らない人から『がんばってね』なんて声をかけてもらえる仕事はほかにはあまりないでしょ? 今後のことはまだ何ともいえないけど、お客さんの関心に合うバックナンバーを提案できるようになりたいし、常連さんももっと増やしていきたい。販売者一人ひとりのがんばりが積み重なれば、ビッグイシュー全体が潤うだろうし、そうするともっと多くのホームレスが自立への何らかのきっかけをつかめるかもしれないなぁなんて、街角に立ちながら最近はそんなことも考えたりするんです」
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
この記事が掲載されている BIG ISSUE
219 号(2013/07/15発売) SOLD OUT
特集ファブラボ― 世界とつながる市民工房