販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
ギリシャのストリート・ペーパー『シェディア』
通りでは「代弁者になってくれて ありがとう」と声をかけられ、娘や息子を雇ってほしいと親から電話がくる
何十億ユーロも投じたにもかかわらず、ギリシャは先進国の立場をころげ落ちた最初の国となった。政府は放送事業に終止符を打ち、すでに大勢いる失業者に2500人を新たに仲間入りさせた。
経済は過去5年間で縮小し、2013年はさらに4・5パーセント減となると予測されている。失業率は欧州で最も高く、成人の4分の1以上と若者の64パーセントに職がない。130万人の失業者のうち、100万人以上が国の失業手当を受けていない。極右政党は恐れと不安に油を注ぎ、排外主義が台頭している。
自由な報道と健全な労働環境が失われつつある21世紀のギリシャ・アテネで、クリス・アレファンティスは友人2人とともにこの国初のストリートペーパー『シェディア(いかだの意)』を立ち上げた。それから4ヵ月、小さな仮設オフィスには、職を求めてひっきりなしに人がやってくる。
販売コーディネーターのセルジオス・ミリスと同僚のエミリア・ドゥーカは「最初の100ヵ所の販売拠点はすぐに埋まりました」と言う。「オフィスには問い合わせの人たちが押し寄せ、スタート時は混乱状態でした」
「どのぐらい稼げるのかがわかると、販売者たちは口コミを始めました。何人かは1日に15~20部(1部につき1・5ユーロの利益)を売り、通常の仕事に就いている人より稼いでいるようです。一番助けが必要な人たちにチャンスがいきわたるように、シェルターやNGOと手を組んで仕事を進めていますが、順番待ちのリストは毎日のびています」
12万人もの技術・専門職の人々が2010年以降ギリシャを去り、「頭脳流出」は止まらない。後に残されたものにとって、逃げ道としての麻薬がますます増えている。違法な路上取引は盛況で、麻薬の悲惨な結果はアテネ市中心部にまで見られ、常習者が真っ昼間から麻薬を打ち、注射針やガラスパイプが公園や路地に散乱している。
間に合わせのベッドとして歩道に積まれている毛布の固まりの脇を通り過ぎて、アレファンティスはこう言った。「以前は、こういう光景は絶対見られませんでした。路上生活者は、ギリシャにはほとんどいませんでした。もし苦境に陥っても、親戚のところに滞在したり、地元に戻ったり、家族を頼ることができましたから。ですが、債務危機以来、多くの親にはもはや余裕がない。自身も職を失ったり複数の無職の子どもを抱えていたりで、もう面倒を見ることができないのです」
『シェディア』販売者で元薬物依存症患者のジアニス(38歳)は、政府が歳出カットをする前の07年に治療を始められて、自分は幸運だったと話す。「麻薬を始めたばかりの人たちをみると、私を救ってくれたようなサポートを受けられないのではないかと懸念しています」
販売者のニコス(写真)は、地下鉄のパネピスティミオ駅に立ち、階段で歩道に上がってくる通勤客とアイコンタクトを取る。白髪のポニーテールが太陽に反射し、シェディアのベストと帽子は群衆の中でも目立つ。ニコスは、礼儀正しく自信に満ちた笑顔で、雑誌の束を手に持って掲げる。彼の傍らには、今にも崩れ落ちそうな男が壁にもたれかかって物乞いしている。
「昨日は、13歳の子たちがやってきて、たぶん両親のために一部買っていきました。クレタ島からの女性も買いに来ましたよ。『シェディア』の評判は島中にすでに広がっていると言っていました」
ニコスは他の販売者からストリートペーパーについて聞いたという。「私は貿易業者でしたが、過去3年仕事がなかった。雑誌を売ることで、ついにまたお金を稼いで、仕事ができるというわけです」
ギリシャ国民は『シェディア』を受け入れ、1ヵ月に5000部というアレファンティスの予想を数週間で上回った。「今や1万5000部を刷っています。早くに売り切れてしまったので第2号、3号は両方増刷しなければなりませんでした」
「読者は通りで僕たちを呼び止め、『私たちの代弁者になってくれてありがとう』と語ります。自分たちの娘や息子を雇ってくれるかと、電話をかけてくる母親もいる。プレッシャーに押しつぶされそうになるが、『シェディア』の働きがさらに広がっていくことを願ってもいます」
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
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