販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
『ビッグイシューロンドン版』元販売者、ジョエル・ホッドソン
この仕事が私の人生を一変させました 日々の心配ではなく、先の計画を立てることが できるようになったのです
ロンドン中心部にあるフレッシュフィールズ法律事務所で対面したジョエル・ホッドソンは、ビジネススーツでビシッと決めている。
現在26歳のジョエルは、中米のベリーズシティで生まれ育った。だが、母親が子どもたちの面倒を見きれなくなったために、二人の姉たち、イヴェットとキーシャとともに施設に預けられた。
4歳になった時、スコットランド人夫婦が施設を訪れた。当時、この小さな中米の国に駐留していた英国海軍海洋技師のジョージ・ホッドソンと、妻ショーナだった。「いつまでも泣きやまない小さな男の子がいました。それがおちびちゃんのジョエルでした」と、ショーナは言う。
太陽の光あふれるベリーズを後にし、スコットランドへ。レントン村での幼少時代は、ジョエルにとって大切な思い出だ。「スコットランドでの一番の思い出といえば、初めて雪を見たことです。クリスマスも間近に迫ってきた頃、裏庭を見て、自分の目に映っているものが信じられませんでした。パンツ一丁で外に飛び出しましたよ!」と笑う。
スポーツが大好きで努力家のジョエルは、陸上競技とサッカーで数えきれないほどのメダルを獲得し、成長するにつれレンジャーズFCの熱心なサポーターとなった。母親のショーナには深い恩を感じていると今も口にする。ベリーズからスコットランドに戻ってわずか3年後の95年にジョージがガンで他界したあとも、ショーナは女手ひとつでジョエルたちを育てたのだ。
09年、21歳になったジョエルは、新天地を求めて、ガールフレンドと一緒に華やかなロンドンに向かった。しかし、二人の夢はあっけなく終焉を迎えることになる。ロンドンに移って5ヵ月後のある日、ジョエルが外出している間に泥棒がアパートに押し入り、彼女を暴行したのだ。
二人に知らされたのは、目撃者がいないと警察はそれ以上の捜査ができないということだった。「警察の方いわく、自分たちにできることはほとんど何もない、ここにいると危ないということでした」とジョエル。お金も仕事もない二人を待ち受けていたのはホームレスという現実だった。
頼るところもなく、二人は、ウェストミンスター警察署の階段やハイドパーク周辺の照明の近くなど、人の目があり安全そうに見えるところを寝場所に選んで1ヵ月を過ごした。そして、すぐにビッグイシューに頼ることを決めた。「その先に何が待ち構えているかもわからない状態でしたが、スタッフのみなさんから歓迎を受け、久しぶりに味方に出会えたような気持ちでした」
ホースフェリー・ロードに立ち毎日雑誌を売り続けたことで、チンフォードのキャンプ場に滞在場所を確保し、そこで3ヵ月を過ごす間にアパートの保証金と最初の1週間分の家賃を貯めた。
さらなる転機は、販売者となって10ヵ月後の2010年5月に訪れた。ロンドンのフレッシュフィールズ法律事務所に週1回雑誌を出張販売していたジョエルは、すぐさま人気者となり、その労働意欲にいたく感銘を受けた所員たちからさまざまなインターンシップをオファーされた。そして最終的には、3回の面談のあと、11年に経理部でフルタイムの職を得たのだ。「この仕事が私の人生を一変させました。安心と職を手に入れたのです。日々の心配ではなく、先の計画を立てることができるようになったのです」
話はそこで終わらない。家族と再び連絡を取り合うようになったジョエルは、新たな職場の同僚たちによって2012年オリンピックでの聖火ランナーに選出されたのである。彼は、この時の経験を「人生で一番誇りに思える日」だったと語る。
インタビューを終えたところで、ジョエルがきらびやかなフレッシュフィールズ本社の正面玄関まで案内してくれた。そして、かつて、彼が雑誌を販売していたまさにその場所で立ち止まった。「いまだに妙な気持ちになります」と彼は言う。「今も、すべては昨日起きたばかりのように思えます。当時は、まさかこんな未来が待っているとは夢にも思っていませんでした」
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
この記事が掲載されている BIG ISSUE
250 号(2014/11/01発売) SOLD OUT
特集生きのびるための野生術