販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

『ビッグイシュー・ノース』販売者 エマ・フォラン

まさにこの仕事は、私にとっては命綱なのです

『ビッグイシュー・ノース』販売者 エマ・フォラン

「私の育った環境はそれほどいいものではありませんでした。学習障害があるため普通の学校にはついていけず、特別支援学校に通いました。でも、私の人生では一番いい時でしたね。卒業の日は大泣きしました。学校を離れたくなかったのです」
 リバプールで『ビッグイシュー・ノース』を販売しているエマ・フォランは、そう語り始めた。「卒業後は介護職として働き、とても充実していました。その後結婚したものの、相手が暴力をふるう人で、精神的に追い詰められた私は、仕事を辞めざるを得ませんでした。そして、結婚生活に終止符を打った時、私の手元には何も残っていませんでした」
「野宿は一度も経験していませんが、ホステルに泊まったことはあります。中には本当にひどいところもありました」
 そうした流浪の日々の中、彼女はストリート・マガジン『ビッグイシュー・ノース』と出合う。友人でありビッグイシュー販売者でもあるモーリーからの紹介だった。
「『ビッグイシュー・ノース』の販売は私のうつ病にもプラスに働きました。朝起きる理由のひとつになっているからです。もし自分のやる気を起こさせるこの仕事がなかったら、家にこもって自己憐憫に浸っていたでしょう。まさにこの仕事は、私にとっては命綱なのです」
「私は押しの強い販売者ではありません。大切なのは、心から丁寧に接して相手がよい一日を過ごせるよう祈ることではないでしょうか。数日でも私の姿を見かけないと大丈夫なのかと声をかけてくださる常連さんが、すでに何人かいます。お客さんとは会話を楽しみ、冗談を言い合ったりします」
 現在は、タウブルックのサポート付き施設で寝起きしているエマ。自分用の部屋もあり、必要な時に頼れるスタッフが24時間体制で待機してくれている。ひとりで住むことに不安を感じてもいたが、リバプール事務所のスタッフが背中を押してくれ、手配も手伝ってくれたという。
「それに、飼い犬のピッパがいつもそばにいてくれます。生後数週間の頃から飼っている相棒なんです」と笑う。
 長年うつ症状に苦しめられたエマは、社会の周縁にいる人たちとともに演劇公演を行う「コレクティブ・エンカウンターズ」(※)で活動を続けている。
「これまでに5回舞台に立ちました。2012年には、『ウィズ・ワン・ヴォイス』フェスティバルの一環としてロイヤル・オペラ・ハウスで自分たちの作品を上演しました。最近ではリバプール中心部にあるブルーコートで公演を行い、私は児童養護施設で成長した若い女性の役を演じました」
「演じることで私は自分の殻を破ることができ、自分に対して自信がもてるようになりました。学習障害はありますが、だからといって他の人と何ら変わらないということを学んだのです」
 クリエイティブ・ライティングの講座も受けているエマは、つい先日、修了証明書を受け取ったという。「私は気が散りやすい性質なのですが、文章を書くことで集中力が鍛えられます。私は普段、妖精や動物たちの物語を書いています。幸せなお話をね」
 学習障害、パートナーの暴力、離婚、ホームレス状態、うつ病と、人生のさまざまな苦難に追いつめられてきたエマ。でも、彼女は最後に、こんな力強い言葉を紡いでくれた。
「ビッグイシューの販売を始めて、人生が好転しました。これまで困難な人生を送ってきた私にも軌道修正できたのですから、誰にだってできないことはないと信じています」

『ビッグイシュー・ノース』 1冊の値段/2ポンド(約352円)で、そのうち1ポンド(約176円)が販売者の収入に。
販売回数/週刊
販売場所/リバプール、マンチェスターなどイングランド北部

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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