販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

スイス『サプライズ』販売者、ベイエヌ・ベルハネ

「ここへ来て初めて、隣人愛の本当の意味を知りました」

スイス『サプライズ』販売者、ベイエヌ・ベルハネ

「私は『サプライズ』誌、最初のアフリカ人販売者です。そのことを私はとても誇りに思っているんです」と語るベイエヌ・ベルハネ。
「でも最初は、雑誌を持って路上に立つことに、抵抗がありました。私はエリトリア出身で、故国では貧しい人だけが路上で働いていました。路上販売はあまりよいこととは考えられていなかったんです。でも、スイスでは、人々がどんな職業にせよとても熱心に働くのを見て、やる気が出てきました。この仕事は、私にとってセラピーのようなものだとよく言うんです。この仕事のおかげで、家にひきこもったり、国や、故郷の人々のことを考えたりしなくてすみますから」
 ルーウェン通りのスーパーマーケット「ミグロス」前に立つベイエヌ。「ツーリストが多いですね、ひと目でわかりますよ。常連客も数人いて、今も、この10年雑誌を買い続けてくれている女性が来てくれました。ドイツ語は下手ですが、お客さんとはいつもおしゃべりするようにしています。時には身振り手振りも必要ですが、なんとか意思は通じるものです」
「ここではイタリア語を話す人も大勢います。エリトリアはイタリアの植民地でしたので、私は、イタリア語を話します。でも、スイス人の友人とドイツ語でおしゃべりできるよう、もっとドイツ語も習いたいですね」
 1939年生まれのベイエヌは、多くの政変を経験してきた。故国は、41年には英国の統治下だったが、52年にエチオピアに統合された。「私の国は独立をかけてエチオピアと30年間戦争状態にあり、93年には独立の念願が叶いました。しかし、その後も不安定な状態は続き、私は02年に政治難民としてスイスへ来たんです(※)。エリトリアを脱出した詳細な経緯は語れません。とてもつらい記憶だから……。家族とは、今はもうほとんど連絡が取れません。私は10人兄弟の下から2番目ですが、兄弟の多くは亡くなりました。子どもも6人いますが、1人の息子と時々話すだけです」
「実は最初は、スイス人は冷たいと感じていたんです。その後、彼らはよく知り合えば、打ち解けてくれると知りました。ここへ来て初めて、隣人愛の本当の意味を知りましたね。見ず知らずの人から、よくコーヒーやサンドイッチをいただきます。国では決してなかったことです。スイス人の友人たちは、今では、家族のようなものです。一緒に私の誕生日を祝ってくれ、病気の時は面倒をみてくれるし、住む場所がない時は、泊めてくれます」
「とはいえ」とベイエヌ。「故郷は母親のようなもので、忘れられませんね。同じエリトリア人と会うと、最初に聞くのは『何か国のニュースを知らないかい?』です。その後ようやく『元気かい』と尋ねます。今でも、エリトリアの情勢が収まることを心から願っています」
 1日の仕事を終えると、夜は「RSI」というスイステレビのイタリア語チャンネルを見るのが楽しみだという。仕事がない時は、電車でスイス国内を旅行する。最近はジュネーブとダボスへ行き、絵画のような山々に魅了された。
「日曜日は教会へ行きます。スイスへ来た当初は、東部に住んでいて、最も近い教会まで12マイル以上も歩きましたが、全然気になりませんでした。カトリック教会で、イタリア語のミサに参加するのが好きなんです。今年は、ローマへも行きました。友人が列車の切符を買ってくれたんです。もちろんバチカンへも。ちょうど、フランシスコ法王の最初のミサに参加でき、素晴らしい体験をしましたよ」

『サプライズ』
1冊の値段/6スイスフラン(約744円)で、そのうち3スイスフラン(約372円)が販売者の収入に。
販売回数/2週間に1回
販売場所/ベルン、チューリッヒなどスイス国内、ドイツ語圏の主要都市

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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