販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

スイス『サプライズ』誌 販売者

過激派アルシャバーブの襲撃を生きのび スイスで今、家族とともに再スタートを切る

スイス『サプライズ』誌 販売者

「以前の仕事や、祖国で負っていた責任について考えることがよくあります。でも、ストリートペーパーの販売は楽しいです。後ろを振り返るよりは、前を向いて生きていきたいですから」
 ドイツ、フランスと国境を接する国際都市バーゼルで『サプライズ』誌を売る アリ・ヌール・モハメドは、故郷ソマリアからこの地にたどり着くまで、激動の人生を送ってきた。以前の彼は、ソマリアで獣医師の学位を取り、国際NGOや地元NGOの活動に長年携わっていた。「NGO『ウェスト・ソマリア』の地域ディレクターを務めていた時期もあります。責任は重いものの、恵まれた仕事を持っていました」
 だが、ソマリアで内戦が勃発すると、モハメドの身に危険が迫る。米国側のスパイだと思われ、イスラム系過激派組織アルシャバーブに毎日監視されるようになったのだ。多くの同業者が銃弾に倒れたという。
「そしてある夜、私の家も急襲されたのです。幸い家族は不在でした。手榴弾を投げ込まれ、私の右脚は吹き飛び、胃腸も完全に外に飛び出しました。私はとっさに死んだふりをしました。私が死んだと思った襲撃者らは逃走しました。背中には全部で17の鉄片が突き刺さり、意識不明の状態が長く続きましたが、かろうじて命を取り留めたのです」
 その襲撃事件の後、2012年にモハメドは、それまでソマリアで長く活動に携わっていたスイスのNGOの尽力でスイスに逃れてきた。妻がそれに続き、子どもたちのうち5人が去年11月からバーゼルで暮らしている。
「残念ながら、一番上の息子だけ今もソマリアにいます。成人していることを理由に、スイス当局が彼の入国を許可しなかったのです。祖国にいては息子の将来がないと考えることは、私と妻にとって非常につらいことです」
「私たち家族は今、部屋が3つの小さなアパートに住んでいます。子どもたちはみんな学校に通っています。これは私にとって、とても重要なことです。妻も『サプライズ』の販売をしていて、二人ともドイツ語講座を受けています。私はソマリア語、アラビア語、イタリア語、英語の4ヵ国語を話せますが、この歳でドイツ語を習得するのは、それほど簡単なことではありません」
「私はいつも、金曜日と土曜日に『サプライズ』を売っています。わざわざ私が販売する日を狙って来てくださるお客さんもいます。うれしいですね。友達から紹介されて、買いに来られるようになった方もいるんですよ。販売者として一番大切なのは、フレンドリーであること、そして不機嫌な顔つきをしないことです。私はいつも、『Guten Tag(こんにちは)』と丁寧に挨拶します。お客さんの多くが私自身、そして私の話にとても興味を持ってくれています」
『サプライズ』のおかげで、自分にも妻にも友達ができたとモハメドは言う。ドイツ語を学ぶ上で、何よりの支えになっているそうだ。
「今、一番の心配は健康ですね。ソマリアで襲撃されて以来義足を使っていますが、これがものすごく痛むのです。また、重さが15キロもあるので、歩くたびに大変な困難を伴います。医療保険を利用してもっと軽い義足を申請しましたが、コスト面で却下されました」
「手榴弾に攻撃された夜、その結果、私たちに起きたこと。そうした記憶が去来して、とてもつらくなることが、たびたびあります。いつの日かソマリアに戻りたい。何もないところから再スタートを切るのは容易ではありません。でも、ソマリアですべてを失った私たちは、スイスでそれを成し遂げました。そのことを思うと、私は幸せな気持ちになるのです」

『サプライズ』
1冊の値段/6スイスフラン(約744円)、そのうち3フラン(約372円)が販売者の収入に。
販売回数/2週間に1回
販売場所/ベルン、チューリッヒ、バーゼルなどスイス国内、ドイツ語圏の主要都市

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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