販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
スイス、『サプライズ』誌販売者 ソカ・ロス
子どもの頃、故郷の村に植えたマンゴーの木。カンボジアには、もう帰れる家はない
「1976年、私はカンボジアのある村に住んでいました。多くの田畑があり、たくさんのマンゴーの木が植わっていました。ある日散歩に行った私は、まだ小さくて柔らかい幼木に目を留めました。とても弱々しかったので掘り出して、家の近所のあまり木々がないところに移植し、木製フェンスを作って周りを囲ったんです」
バーゼルの中央駅で長年『サプライズ』を販売しているソカ・ロスは、9歳の時、当時カンボジアを支配していたクメール・ルージュの軍隊から逃げ、スイスに亡命した。
「当時、私の父は村長でした。家の近くで遊んでいたところ、軍隊から二人の女性がやってきて『国に奉仕しなければならない』と私に話しかけてきました。『人々に仕えろ』と。突然、家族から引き離されることを悟りました」
ソカは郵便局に徴用され、最高機密文書を配達する任務を命じられた。「毎朝、上司が私に手紙を手渡し、数キロ離れた特定の場所に直接届けなければなりませんでした。私はまだ幼くて、手紙を読むことはできなかった。私が運んでいたものは逮捕状だった、と弟が後に話していました」
毎日、眠ることも食べることもできず、やがて少年兵として前線に送られる日も近いと感じた彼は、ある日、配達に出ると、二度と戻らないと決意した。「初めはベトナムへ逃げましたが、ベトナムとカンボジアの戦争が起き、1年ほど後にタイに向かいました」
タイで、国際NGO「Terre des Hommes」に助けられ、スイスのジュネーブに渡ったソカは、スイス人家族の養子に迎えられた。「義理の兄や二人の姉たちは、みな音楽にとても傾倒していました。兄は薬学を勉強し、医師になっています」
しかし、ソカはスイスで家庭の温かさを得ることはできなかった。「実子であるきょうだいたちが家で音楽を奏でている間、私は庭仕事をしていました。学校の宿題を終えると、養父が飼っているたくさんの鳩とウサギを世話するのが私の役目でした」
「養父は何度も私を罰しました。彼は時々おかしなことに反応しました。たびたび家に軟禁され、出かけることも許されず、窒息しそうでした。カンボジアでは、屋外にいる方が多かったのに」
亡命から26年経った2002年、ソカはカンボジアへ初めて帰国した。
「家族みんなが、プノンペンの空港に迎えにきていました。弟は、額のほくろで私を確認したんです」
ソカの母親は健康を害し、二人の妹が身の回りの世話をしていた。村の風景はすっかり変わり、実家の土地も親戚の所有になっていた。
「けれど、あのマンゴーの木を見つけたんです――10メートルの高さに育ち、多くの実を結んでいました。木を植えた当時、大人になったらそこに自分の家を建てることを夢想していました。私の家にはマンゴーの木がなかったから」
しかし、ようやく再会できた家族とも、ソカは現在連絡を取っていない。「2、3回訪ねましたが、スイスに帰国するたび母が大泣きするので、もう戻ってこない方がいいと弟が言うのです。妹たちは私が行くとやることが増えると嫌がり、弟からも、私が彼の生活を邪魔しているという感じを受けます」
一方、ソカはもう何年も、スイスの家族とは会っていないそうだ。
雑誌を売る時、ソカはいつも黙って微笑み、人と容易に打ちとけることはない。しかし、「サプライズ」が主催する合唱や演劇のグループには喜んで参加している。特に演劇に優れた才能を発揮し、舞台の上に立つ彼は堂々として自信にあふれ、すっかり別人のようだ。
カンボジアには、もう帰れる家はない、とソカは言う。あのマンゴーの木こそが、彼にとっての故郷だったのかもしれない。
「そうです。多くのカンボジア人が、屋外に居心地のいい本当の楽園をこしらえています。お金はありませんが、すばらしい景観で、人々は自然と調和して生きています。最高の暮らしです。私がいつも夢見ていたものでした。天国の始まりとして」
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
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