販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
カナダ、『リティネレール』誌販売者 アラン・ルパージュ
「待ちきれないが、待つ」リラックスし、人生の小さな出来事を楽しむコツを身につける
カナダ東部のケベック州モントリオールを拠点にするストリート誌『リティネレール』。フランス語で「通り道」の意味をもち、販売者一人ひとりが仕事や家に再びたどり着くための通過点でありたい、という思いが込められている。『リティネレール』の名物販売者の一人、アラン・ルパージュ(44歳)もまた、苦難に満ちた人生を経てきた。
ルパージュが「待ちきれないが、待つ」をモットーにすると決めたのは、長年にわたるさまざまな強迫症状から脱却した後のことだった。「私は自分の苦しみを忘れたくて、無感覚になれるよう、スポーツ、本、映画、仕事など、社会的に容認されるものに、異常にのめり込みました。何ヵ月間も1晩に映画を4本見続けたり。トラック運転手だった時には、1日20時間働き、それを1ヵ月以上も続けたりしていましたね」
その当時、無茶を重ねてまで逃れようと苦しんでいたのは、孤独感だったと言う。
「私はとても自尊心が強く、自分の自立性を高めることばかりに多くのエネルギーを費やしていました。そして気がつくと、成功や失敗、悲しみを分かち合う人が、周りに誰もいなくなっていたのです」
その結果ルパージュは、18歳から41歳までの間に2度、極度の疲労と重いうつ症状を経験した。「それ以上続けられなくなりました。なぜ、どうにもならないことに対してこんなに努力しているのだろうという思いが募りました」
2012年、ルパージュはついに決心した。これ以上急ぐことはないのだと。「仕事で人生を使いきりたくない」
「燃え尽き症候群の後、自分にはフルタイムの仕事ができないことを悟りました。しかし経済的に苦しくなり、アパートから出される恐れがありました。それで、生活のバランスを保ちながらできるパートタイムの仕事を探したのです」
そして彼は『リティネレール』の扉を叩いた。
「『リティネレール』へ来たのは、この雑誌が回っている仕組みに興味をひかれたからでもあります。自分で働く時間を決められる販売者の仕事は、とても私に合っていましたね」 「待ちきれないが、待つ」と、意識的にリラックスし、人生に起こる小さな出来事を楽しむコツを身につけようとし始めた。ルパージュは現在、マッソン通りと13番街の交差点で『リティネレール』を販売している。
「私は自分のことをある意味、路上のソーシャルワーカーかもしれないと考えています。私の所に来てくれる方々の人生に、何らかの貢献ができたらと。耳を傾けてじっくり話を聞いてくれる人を、みんな求めています。雑誌は一人で売るものですが、大事なのはお客さんとの触れ合いです。それに、自分の住むアパートの近くで売ることは、地域の人たちとの強いつながりをもたらしてくれました」
『リティネレール』誌に時々記事を書き、自分の意見を表現することも、ルパージュが楽しんでいることの一つ。「確かに周りには、飛ぶための翼をへし折られるような障害が満ちあふれています。けれどその中には、より高く飛ぶためのスプリングボードとなってくれることもたくさんあることに、最近気づきました」
それがわかったのは、雑誌販売を通じて得られた経験と、ガールフレンドを得たおかげだと彼は言う。「愛する人ができると、もう時計は必要ではなくなります。どこかへ行くために急ぐ必要もありません。ただ、今、ここにいるだけでいい。これを知ったことは、私の人生の大きな収穫でした」
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
この記事が掲載されている BIG ISSUE
288 号(2016/06/01発売) SOLD OUT
特集水草、水中は憧れの世界