販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
米国、『ストリート・ワイズ』元販売者 ドン・スミス
思いきって参加した就労移行支援プログラム。 フルタイムの仕事を得て、今では新人販売者のメンターに
時をさかのぼること1995年、シカゴ生まれのドン・スミスは「絶望的」な状態だったと言う。酒を飲んでばかりで、仕事探しに悪戦苦闘し、子どもからすれば「我慢ならない」存在だった。しかし現在56歳の彼は、地域にとって大切な存在であり、彼が克服した問題に直面している人々にとって希望の光となっている。
「100%よくなるどころか、200%よくなったと自分では思ってるよ」とドンは話す。彼の人生が変わり始めたのは、地元のストリートペーパー『ストリート・ワイズ』の事務所に足を踏み入れた時だ。
「自分にとってまさにぴったりの場所だった」と彼は語る。「よかったのは働く時間を自分で決められ、自分で仕事を仕切れること。そして毎日収入を得ることができた」
それはドンが歩む長い道のりの最初のステップだった。彼は雑誌の販売を約20年続けた後、ストリート・ワイズが始めた就労移行支援プログラムを受講し、フルタイムの仕事を得た。
「ストリート・ワイズの販売を始めると、すぐに自分を支援してくれるソーシャルワーカーがついてくれたんだ」とドンは振り返る。「彼らは読み書きを手助けしてくれ、自分の持つスキルをつなぎ合わせてくれた。そして去年、『今度就労プログラムを始めるから参加してみないか』と声をかけてくれた。私は思いきって参加すると答えたよ」
この就労プログラムは、INSPアワードのベストプロジェクト部門(※)で最終選考に残った。プログラムはコミュニケーションや、労働倫理、プロ意識およびチームワークのような、主に対人技能を習得することに焦点を当てている。
内容は実践的で、適切な履歴書の作成、病欠する際の連絡の仕方、読み書き障害の克服、さらには最初の給与を受け取る前の交通費の集め方まで網羅している。これらの問題は単純に見えるかもしれないが、参加者たちが克服するには長期的かつ包括的な取り組みが必要なのだ。
「これは特効薬のようなものでありません。いろんな技能を1つひとつつなぎ合わせて習得する必要があります」と説明するのはストリート・ワイズの労働力開発部門でディレクターを務めるアマンダ・ジョーンズだ。2015年には70人がこの就労準備訓練クラスを修了。その中で38人が就職し、うち25人がその仕事に定着した。
「2016年は現在までに31人が訓練を修了しており、また就労には至らなかったものの、20人以上が、いくつかプログラムを受けました」とアマンダはつけ加えた。「31人のうち15人が職に就いています」
「僕が最初に就職した仕事は、運動グラウンドの管理人だった」とドンは言う。「今では技能が上がり、用務係も担うようになった。グラウンドを単にきれいにするだけでなく、窓を修理したり、網戸をつけたり、ドアのロックも修理してる。メンテナンスの仕事をすべて引き受けてるんだよ」
毎月給料が入るようになったおかげで、ドンは27年連れ添っている妻に車を買うことができた。また子どもとの関係も変わった。「以前の子どもたちは、酒浸りの私に近づこうとしなかった。でも今ではしょっちゅう訪ねてきて『やあ父さん、ここに連れてってもらえる?』なんて言ってるよ。今では4人の孫娘がいるんだ」と顔を輝かせた。
ドンは今、ストリート・ワイズのメンターも引き受けている。「新しく入ってきた販売者たちには、いつもこう言ってるんだ。この雑誌は知名度があるから売れるはずだ。どれだけやる気を持って取り組み、どう自分をよく見せ、身なりを整えるかは君たち次第だって。でももし気分が落ち込んでしまった時は、自分のところに話をしに来てくれ。私は今まで何度も落ち込んだ経験をしてるから、とも」
ドンは苦戦している販売者を見かけると、自分の電話番号を渡している。「もし何か問題が起きたら、私はいつでもここにいる」と伝えるためだ。
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
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