販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
英国、『ビッグイシュー』販売者 ラルフ
"英国のリヴィエラ"から、冬のフィンランドへ!ソリ犬との冒険の日々を送る
間違えないように。これはサンタクロースではない。写真に写っているのは、イングランド南海岸出身のビッグイシュー販売者、ラルフ・チャーチ(56歳)で、彼は今、スカンジナビアの大自然の中で犬ソリを操っているところだ。
ラルフが数ヵ月前まで暮らしていたのは、イングランド南西部の小さな町トーキー。やさしい海風が吹くこの街は、“英国のリヴィエラ”と呼ばれ、小旅行を楽しみに多くの人が訪れる。
失業をきっかけに7年間のホームレス生活を経験した後、ビッグイシューの販売者になったラルフ。雑誌の販売に全力を注ぎ、トーキーでたくさんのファンを獲得、ついに2014年クリスマスには1000ポンド(約14万7千円)を貯める。セーリングの心得があった彼は、そのお金で愛犬ジェスと一緒に住む小さな中古の船を購入した。「夢がかなった」と、彼は有頂天だった。
しかし、2015年11月、ジェスは交通事故で命を落としてしまう。ラルフは打ちひしがれ、気力を失った。「あの時はつらかったです。ジェスが大好きでした。みんなに愛されていた、完璧な犬でした。私は途方にくれ、これからどう生きていけばよいのかわからなくなったんです」とラルフ。
悲しみのさなか、フィンランドでソリ犬の世話をする期間限定の助手の募集広告が、彼の目に止まった。「すぐにメールを送り、翌日、フィリップと電話で話をしました」。フィリップとは、フィンランド北東部にあるロシアとの国境の町クーサモで、「ザ・ボーダー・イン」という犬ぞり体験を楽しめるロッジを経営している人物だ。とんとん拍子に話が決まった。
トーキーでは、ラルフが雑誌販売をしているセント・メアリー教会に、彼の常連客や友人たちが集まり、旅支度を支援してくれた。そして昨年10月、ラルフはロンドンのヒースロー空港からフィンランドへ飛びたった。「超現実の世界が始まったようで、私は昔の偉大な探検家になったような気がしました」
ラルフはまったく新しい環境に飛び込んだ。「10日ほど気温が安定した日が続いたかと思うと、気温が下がり出し、雪が降って、降って、降り続いて、ひどかったです」と、彼はここに来た当初を振り返る。はやくも11月には、気温が零下20度まで下がった。
ラルフは90頭のアラスカン・マラミュートの世話を手伝っている。犬の準備を整え、ハーネスを取り付け、餌をやり、犬舎を清潔に保つのが仕事だ。さらには、6頭立ての犬ゾリの操縦も習っている。
「初めて自分だけで操縦した時は怖かったですよ。指導を受けたけれど、自分が間違えたり、犬にぶつかったりしないかと心配でした。1チームに6頭の犬をつなぎます。私は犬たちを止めておくために、ブレーキを強く踏もうとして、ぐらっと揺れてしまったんです」
次の瞬間、思いもよらないことが起きた。「ソリが前に傾き、犬たちの声がやんだかと思うと、私たちはとんでもない速さでゲートの外に飛び出していきました。地獄から逃げ出したコウモリみたいに!」
「気がつくと、雪の中で顔をうつ向けにして15ヤード(約13・7m)はたっぷり引っ張られていました。犬の前で大恥をかきましたよ。でもその後は、だんだん上手くいくようになり、犬とソリの扱いにも慣れました」
ここでの体験は人生を変えたとラルフは言う。「こうした機会を与えてくれたオーナーのフィリップとカチャにとても感謝しています」
彼は、ソリ犬たちとの冒険が終われば、トーキーの町へ戻るつもりだ。「ここへ来る前にセント・メアリー教会で助けてくれた人たちにお礼を言いたい。戻ったら、みなさんに会いに行くのを楽しみにしています」
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
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