販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
米国・ポートランド、『ストリート・ルーツ』販売者ジュリアンとドミニク
音楽好きの二人、一目で運命の相手とわかった。 何よりも、二人は楽観的であろうと努力している
米国の北西海岸に位置するオレゴン州ポートランドは、環境保護への取り組みでは米国で第1位の評価を受けている。さまざまなアウトドアスポーツが盛んであり、また市内に点在するクラフトビールの醸造所や自家焙煎珈琲店などに惹かれて、世界中から多くの観光客が訪れる。
そんな街で、いつもペアを組んで『ストリート・ルーツ』を販売しているのが、ジュリアンとドミニクのハート夫妻だ。二人にとって、ストリート紙の販売とは単なる仕事以上のもの。それは、人との関係を築き上げるトレーニングなのだと話す。
二人のチームワークは素晴らしく、一緒でない時はほとんどないくらいだ。また彼らの音楽好きは、『ストリート・ルーツ』の販売をする時にも活かされている。お客を集めるために、即興で曲を演奏している二人の姿をしばしば見かける。
「一緒に働いているということは、一緒に稼いでいるということ。とても素晴らしいことです」と、ジュリアンはドミニクにほほ笑みかけながら語った。
ドミニクとジュリアンは、何をするにもほとんどいつも一緒だ。二人は2014年に出会い、共通の趣味である音楽を通じて、すぐに意気投合した。二人が出会った日、ドミニクは、チャップマン公園でドラムを叩いていた。ジュリアンは、一目で彼こそが運命の人だとわかったと言う。
「まっすぐ彼のところへ歩いて行って、あなたのためにギターを弾いてもいいかと聞きました」と、ジュリアン。
ポートランド近郊のキャンビーの町でしばらく一緒に暮らした後、二人は突然、住居を失い、路上に放り出された。もともとは定収入があり、3人の子どもたちと一緒に住む家もあったのに、路上生活を余儀なくされ、子どもたちとも引き離されることになったのだ。とてもつらかったとジュリアンは振り返る。
さらに悪いことに、ドミニクは大腸がんと診断された。当初、医師らには、あと10ヵ月の余命だと告げられたそうだ。ドミニクは何度も手術を受けている。まもなく新しい治療を開始する予定で、これで回復できればと期待している。
そんなドミニクとジュリアンにも、明るい兆しが見え始めている。二人は最近、ポートランドのNPO「トランジション・プロジェクト」のサポートを受け、自分たちのアパートの鍵を手に入れた。「トランジション・プロジェクト」は、1969年の創立以来、のべ1万人以上のホームレス状態の人々に、短期シェルターや長期の住宅支援など、路上から家に移行するためのさまざまなかたちの支援を提供している。
安心して住める場所を得たことで、二人にはさまざまな可能性が広がる。「3人の子どもたちと、もっと定期的に会えるようにしたいと思います。今は水道も電気も通っている自分の家があるのですから」と、ジュリアンは満足げだ。
彼女の希望は、「クリスマスまでにお金を貯め、子どもたちにプレゼントを買い、自分の家で初めて本物のクリスマスツリーを飾る」ことだ。
ドミニクはゆっくりと休み、治療に専念できる清潔で安全な環境を手に入れた。「テントに住んでいたのでは、手術後の静養もできません」
『ストリート・ルーツ』の販売や音楽づくりをしていない時、二人はガーデニングを楽しんでいる。「戸外に出て、自然に触れ、庭をきれいに手入れするのは楽しいことです」とジュリアンは言う。二人は将来、もう少し小さな町に移り、庭づくりや自然を楽しみたいと思っている。
何よりも、二人は楽観的になろうと努力している。「私たちは二人とも逆境には強いのです。多くのことを切り抜けてきました。そして今この新しい住居があることが、とてもうれしい」と、ジュリアンは語った。
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特集7年目の福島ーー帰りますか