販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

スイス、『サプライズ』誌販売者 ロジャー・メイヤー

人の話に耳を傾け、心配ごとの相談にものるよ。 夢は"モバイル・ハッピー・ベッド"

スイス、『サプライズ』誌販売者 ロジャー・メイヤー

 スイスの首都ベルンには、ユネスコ世界遺産にも登録された中世の古い街並みが残る。中心部の国会議事堂に近いベーレンプラッツ(熊の広場の意)には、毎日青空市が立ち、市民の憩いの場となっている。そのベーレンプラッツのトラム(路面電車)の駅の近くで、『サプライズ』誌の販売をしているのがロジャー・メイヤーだ。
「80年代の初め頃、私は北部のアールガウ州からベルンに移ってきた。当時つき合っていた恋人のためだった」とメイヤー。その頃も一時的にホームレス状態だったことがあり、路上生活をしている人々について詳しいのを見込まれ、ベルンの依存症支援団体で、ドラッグ配布施設(※1)の世話係の仕事をしたことがあると言う。注射針を替えたり、ごみを捨てたりするほかに、ドラッグの過剰摂取でショック状態になった人を何度も介抱した。「その期間中に、およそ400~600人の人々の命を救ったと思う」と彼はため息をついた。
 90年代の半ば頃には生活が少し落ち着き、パートナーとの間に娘一人と息子二人を授かって、ベルン郊外に住んでいた。「けれど、一番上の娘が7歳になった時、家庭が崩壊したんだ。当時私は長時間働いていて、パートナーがアルコールに溺れていたことに気づかなかった」。パートナーの症状は悪化し、子どもたちの世話もまともにできなくなる。家族の大変な状態にうまく対処できず、ついに神経がまいってしまった彼は、子どもたちを養子に出すというつらい決断を下した。「安定した住まいも再び失った。それでも、同僚の女性に頼んで2週間に1回、彼女のアパートに子どもたちが来て私と会えるようにしてもらっていたよ」
 メイヤーは建設現場の職人として長年働いてきた。「ベルン・ミンスター教会の尖塔のてっぺんまで登ったことがあるし、ミュールベルグ原子力発電所のコンクリート壁の改修もやった。グランド・ディクサーンスダム(※2)の壁面工事を、一日中ロープでぶら下がりながらやったこともある」
 しかし6年前、仕事中の事故でフォークリフトに足を轢かれて以来、フルタイムでは働けなくなった。けれど、今も友人のために猫用はしごや家具を作ったり、庭の小屋のペンキ塗りをしたりすると言う。
 3~4年前からは、ある農家の土地に置かせてもらった古いモバイル・ハウス(移動式の小屋)に暮らしていたが、昨年4月、そのモバイル・ハウスが落雷で焼失。その出来事がメイヤーに新しい出会いをもたらした。街に戻ったメイヤーに「新しくベルンで始まるシティ・ツアーのガイドをやらないか」と「サプライズ基金」から声がかかったのだ。
 ストリート誌『サプライズ』の母体である「サプライズ基金」は、これまでにホームレスの視点で街を案内するソーシャル・シティ・ツアーを、バーゼルやチューリヒで行っている。1回の面接で採用が決まったが、ベルン・ツアーの準備が整うまで、メイヤーはストリート誌『サプライズ』の販売をすることになった。
 翌5月から早速販売を始め、徐々に顧客を増やしていったメイヤー。ただ雑誌を売るのではなく、人々の話に耳を傾け、心配ごとの相談にのったりしている。「それ以外にも、できるだけ人の手助けをするように心がけているよ。たとえば、週に1回ここに来る年配の女性が、トラムの切符を買い電車に乗り込むのを手伝ったり、重い買い物袋を抱えた人たちが別の用事を済ませる間、彼らの荷物を見張ったりね」
「今は野宿で広い空の下に住んでいるから、生活するにはそれほどお金は必要じゃない。それでも、自分の夢を実現するために、500~600フラン(約5~6万円)は貯金したい。夢は“モバイル・ハッピー・ベッド”。それを自転車で牽引できるようにして、覆いをつけて全天候対応にし、中には気持ちよく寝られるように快適なマットレスを入れたいんだ」

Photo: Ruben Hollinger

『サプライズ』
1冊の値段/6スイスフラン(約678円)。そのうち3スイスフラン(約339円)が販売者の収入に。
販売回数/2週間に1回
販売場所/ベルン、チューリッヒ、バーゼルなどスイス国内、ドイツ語圏の主要都市

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

今月の人一覧