販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
Kさん
誕生月の9月に、「今月の人」に出ると決意。 50歳までの人生はあかんかったかもしれへんけど、 後半生は今までとは違うものにしたいなぁ思うてます
東京・表参道の交差点。みずほ銀行前の一角にKさんは立っている。大きなカートの上には手書きのPOPとビッグイシュー、書籍が丁寧に並べられている。
「ここの一角は日差しを遮る木陰がないから真夏はちょっと厳しいんやけど、近くに青山学院大学もあって、学生さんやサラリーマンの方などがよく買ってくれて、とてもありがたいです」
はにかみながらほほ笑むKさんは現在54歳。実は10年前の2007年9月号にも登場した。奈良県出身で高校卒業後、自動車工場や日雇労働で生計を立ててきたKさんは「一度でいいから力仕事以外をやってみたかった」とビッグイシューを選んだ経緯を語っている。
あれから10年。高田馬場や錦糸町、御茶ノ水や信濃町、西荻窪などでビッグイシューを販売してきた。
「自分なりにいろいろ工夫してやってます。たとえば、このカートは他の販売者さんのを見てヒントを得たんやけど、バックナンバーも持ち運べるし、商品も綺麗な状態でお客さんに渡せる。販売場所ではディスプレイもできるしね。ショッピングモールで3000円くらいしたかな」
立地による客層の変化など、研究も欠かさない。
「表参道という場所柄なのかな、こないだも女性のお客さまから、『ファッション関係のバックナンバーはありませんか?』と聞かれたんやけど、その時はとっさに『ありません』と答えてしまって。でも後でよく調べたら過去にそういう号があったんです。今はいろんな要望に応えられるよう気をつけて記事を読んでいます」
じつは、Kさんがビッグイシュー販売者になるのはこれで4度目だ。この10年間で精神面、肉体面で不調を感じ、生活保護を受給した時期もある。
「死にたいなぁとか、自分が生まれてきた理由はなんなんだろうとか、いろいろ考えちゃうこともあって。でもそんなのは簡単に答えが出るもんじゃない。結局ビッグイシューに足が向いちゃうのは、この仕事は大変だけど、やっぱり自分で稼いで自分で生活できるっていう当たり前の喜びがあるからかな」
経験して初めて知った販売業ならではの、おもしろみもあるという。「これまでやってきた建設業なんかは、基本的に上からの指示に正確に従わなくちゃいけない。せやけどビッグイシューは、販売場所や価格、規則はあるけれど、あとは自分の自由でしょう。仕入れや売り方も自分で考えて工夫できるのが楽しくて」
目下のところは、その仕入れ方法を見直し中だ。今は毎朝事務所に赴き、その日に売れるだろう冊数を仕入れているが、それだと往復で約1冊分の電車賃がかかってしまう。日々荷物を預けるロッカー代500円も合わせると無視できない出費である。自分が仕入れに行っている間に来てくれたお客様をがっかりさせてしまうのも気がかりだ。
「売れる販売者さんを見ていると、やっぱり数日分とかまとめ仕入れしているんですよね。今の自分は正直、自転車操業。そのあたりが今後の課題です」
じつはこの号が発売される9月は、Kさんの誕生月でもある。ビッグイシューとの出合いから10年、改めて決意を新たにしたいと「今月の人」に出ることを決めたという。
「人生って当たり前だけど一回きりしかない。50歳までの人生はあかんかったかもしれへんけど、後半生は今までとは違うものにしたいなぁ思うてます。『成功』といえるのかもわからんけど、とりあえず部屋に住むことが今の目標かな。月並みな言葉やけど、これからもよろしくお願いします」
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
この記事が掲載されている BIG ISSUE
319 号(2017/09/15発売) SOLD OUT
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