販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

セルビア、『LiceUlice』販売者 ミルコ・オンドリック

路上で出会った親友と一緒に雑誌を販売 夢は、小学校を卒業し写真学校に通うこと

セルビア、『LiceUlice』販売者  ミルコ・オンドリック

筆者は以前、何年にもわたりベオグラード大学哲学部校舎の前で、ミルコというスロバキア出身の若者から『LiceUlice』誌を買っていた。ところが、ある日突然、彼は路上から姿を消した。その後『LiceUlice』誌にボランティアとしてかかわるようになった私は、先日、はにかみながらそのオフィスを訪れたミルコと2年ぶりに再会した。
 再会して私がまず聞いたのは、この2年間どうしていたのかということ。彼はくわしくは話したがらず、雑誌販売を辞めた後はグリーティング・カードの販売をしたとだけ答えた。その後しばらくは、旧ユーゴスラビアの他の国々で働き、セルビア・ベオグラードに戻る前の数ヵ月は家族の住む村で父親と大家族の手伝いをしていたと言う。
 ベオグラードに戻ったミルコはすぐに売り上げ上位者に名前を連ねるようになった。初日だけで40部を売ったのである。秘訣を尋ねるとミルコはすぐに破顔し、穏やかで丁寧な接客を心がけ、時には気のきいた言葉を添えるだけでいいのだと控え目に答えた。そして、大切なことは、前向きな姿勢を見せることなのだと。
 ミルコのこうした姿勢は、おそらく12歳から公園で耳が聞こえず口もきけないふりをして物乞いすることを強いられた結果なのだろう。その稼ぎで12人いる兄弟姉妹たちの何人かは学校に通うことができたが、本人は小学校を卒業していない。しかし、そうした暗い過去を振り返る時でも、ミルコは楽しかった時間に目を向けるようにしている。「お金をくれた人たちが僕の状況をいくらか理解してくれて、笑わせてくれようとしてくれたことがうれしかった」
 家を出た後、若者ホームレスのためのドロップイン・センターに来たミルコは、そこで友達をつくった。彼らとは今でも交流があり、ミルコにとってはかけがえのない存在で、財布に写真を入れて持ち歩いているほどである。
 なかでも親友のエミルとは今、共和国広場の小高くなった一角で一緒に雑誌を販売している。二人の出会いは、ミルコがまだ物乞いをしていた何年も前に遡る。金を盗もうとした男たちに襲われたミルコを後先考えずに守ったのがエミルだった。「エミルに道を外させないためにも」今度は自分が助ける番だとミルコは言う。実際、『LiceUlice』誌を売りながら、よりよい販売者になるためのアドバイスを伝えている。
 ミルコとエミルは、最近、共同生活も始めた。ベオグラードでホステルを経営するボヤンとゴランという親切な兄弟が、ホステルの一室と食事を無料で提供してくれたのだと言う。そのお礼として、二人は毎日ほかの部屋の掃除を請け負っている。
 時には、路上で働いていることを理由に人から拒絶されたと感じる時もある。ただ、ミルコは否定的なことにいつまでもくよくよしない。むしろ、好きなことについてはずっと話し続ける。そのひとつが料理。料理の腕は祖母仕込みだと言う。熱したタイルの下で焼くオリーブを練り込んだ大好きなパンについて、チョコレートバーやココナッツケーキ、ロールキャベツ、あらゆる食べ物について熱く語る。
 しかし、ミルコが最も情熱を傾けるのはカメラだ。きっかけは数年前に「ストリートの目」という写真ワークショップに参加したこと。最初の2日間はまったく楽しめなかったが、突然、自分がそれまでとは違うアングル、つまり「写真家の目」で街を見ていることに気づいた。そして1枚の写真で「千の言葉」を伝えられることを実感したのである。今、ミルコの夢は、小学校を卒業し写真学校に通うことだ。「新聞に載るような写真を撮れるようになれれば、それで満足なんだ」
 その日が来るまでは、彼の写真をfacebookで閲覧できる。Mirko Ondrik Fotografで検索してみてほしい。

(Anja Sinadinovic/ LiceUlice)

※ 5年前のミルコの記事が、ビッグイシュー・オンラインでお読みいただけます。

共和国広場、ミルコの販売場所付近
Photo: ColorMaker / Shutterstock.com


『LiceUlice』 
●1冊の値段/100セルビアディナール(約110円)。そのうち50セルビアディナールが販売者の収入に
●販売回数/月刊
●販売場所/べオグラードとその周辺

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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