販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

志村孝市さん

ビッグイシューだって値切られる大阪 けれど、「おおきに!」って言える大阪人になりたい

志村孝市さん

ビッグイシューさっぽろの自立第1号として一度は社会復帰を果たした志村孝市さん(57歳)が、再び販売者となったのは6年前。さすがに札幌には戻れず、ビッグイシュー大阪の門を叩いたが、内心はドキドキだった。「周囲の期待を裏切って自立に失敗したわけだから、怒られるのは覚悟していたけど、佐野代表に『大阪でまたがんばればいい』と言われた時はホッとしたよ」
北海道で生まれ育ち、札幌の引っ越し屋では20年働いた。ギャンブルの借金で路上に出るまでは、「引っ越し屋で一生暮らしたい」とさえ思っていた。そんな生粋の道産子が、第2の土地として大阪を目指したのは、温かい人情や安くて旨い粉もん文化などの魅力に惹かれたからだ。夏の暑さに根を上げて一度は札幌に帰ったこともあったが、周囲にあきれられながらもまた舞い戻り、今ではすっかり大阪に定着。現在は、地下鉄新大阪駅の4番出口付近で販売している。
「北海道では病気ひとつしなかったんだけど、3年前に肺炎を起こして2週間ほど入院してね。その後、救護施設に入って職員から働くのは1日4〜5時間ぐらいで休日もとるようにと言われて、無理せずに立てる今の売り場にたどりついた」という。
雑誌の売り上げと月に数回の清掃の仕事でどうにか食いつなぐ日々だが、「大阪は商人の町だけにお客さんの目も厳しく、真剣にやらないと売れない。大阪じゃあ、ビッグイシューだって値切られるからね」と笑う。これまで多くの売り場を経験し、気づけばもう販売歴8年のベテラン。それでも、未だにビッグイシューは不思議な仕事だと感じることがある。
「俺みたいなもんから雑誌を買ってくれる人がいるってことが、今でも不思議なのさ。励ましの言葉をかけてくれたり、差し入れを持ってきてくれたりね。そんな見ず知らずのホームレスに『がんばってね』とか普通、言える? 俺なら、絶対に言えないよ。だから結局、販売者はみんなそうだと思うけど、お客さんの励ましがあるから、がんばれてる。暑いのに大変だね、寒いのにがんばってるねって、ただそれだけの言葉がうれしいよね」
ギャンブルですべてを失った自分は「弱かったな」と思う。だが、同時にホームレスになったからこそ見えた景色もあると思っている。
「ありがたみというかね。食べ物のありがたみ、お金のありがたみ……。今はどんなものでもちゃんと残さずに食べるし、お金の無駄遣いも一切しない。あと、たまに入るお風呂の気持ち良さったらないよね。昔はそういうのがわからなかったから。もしホームレスになってなかったら、今頃はマズイ弁当とかはポイっと捨てたりして、競馬場でイケイケ!!って叫んでたんじゃないかな」
昨年には、久方ぶりに帰郷。札幌を見るのはもうこれが最後だろうと、風景を目に焼きつけてきた。これからのことも、雇ってくれるところがあれば働きたいとは思うものの、年齢が年齢だけに多くは望んでいない。肺炎を患ってからは、体調もすぐれない時があり、すっかり弱気になったという。ただ、小さな願いとしては「大阪人になりたい」と照れ笑いしながらつぶやく。
「立ち食いそばなんかに行くと、大阪人は『おっちゃん、おいしかった、おおきに!』と言って颯爽と出ていくのね。あれカッコいいなぁ、大阪弁ってスゲエなぁと思うの。俺もあんな風に雑誌を買ってくれたお客さんに『おおきに!』ってカッコよく言えたらなぁ、大阪人になりたいなぁと思うけど、やっぱり恥ずかしくてどうしても言えない。だから、俺は最後は大阪の無縁仏に入って大阪人になろうって決めてる。その時に、ドヤでもいいから、地べたじゃなく、せめて布団の上で最後を迎えられるようにがんばりたいなと思ってる」

(写真クレジット)
Photos:木下良洋

(サブ写真キャプション)
地下鉄御堂筋線「新大阪駅」4番出口付近にて

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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