販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

メキシコシティ『ミ・バレドール』の販売者 ハダサー・フラゴソ

うつ状態に陥らないことに何よりも力を注ぐ 私の話に耳を傾けてくれることに心から感謝している

メキシコシティ『ミ・バレドール』の販売者 ハダサー・フラゴソ

「お金を稼ぐために初めて働いたのは5歳の時です。小柄な祖母と二人で暮らしていました。父は生まれた時からおらず、母はよそから来た人と結婚し二人で旅立ってしまいました。祖母の息子である叔父はアーティストでした。ある日、祖母が街で人に突き飛ばされて歩けなくなってしまったので、私が働かなければならなくなりました」とハダサー・フラゴソは話す。
遠くに住む叔父からの送金がたまにあったものの、それだけでは生活ができず、幼いハダサーは近所の家やメキシコシティでも危険だと言われるテピート地域(世界遺産となっている中央広場のすぐ横の地区)にあるパン屋で皿洗いをさせてもらって日銭を稼いだ。
「私にとって一番大変な問題はホームレスであることではなく、自殺願望なんです」。ハダサーは、小さい時から、生きる苦しさを最も簡単に止められる方法を見つけたいと願っていた。「母は私を嫌っていて、公式な身分証明書を得るのにもとても苦労したんです。本当に腹が立ちました。空港で働いたこともありますし、いろんな工場で仕事をしてきました。一時、米国に住んでいたときは米ドル支払いだったので、もっとたくさん稼いでいました」
今はメキシコシティの市内で雑誌を販売しながら、うつ状態に陥らないようにすることに何よりも力を注いでいると言うハダサー。「どうしても難しい時は街頭や街路樹の下に座り、気持ちが落ち込まないようにする方法を探します。自分がどんどん落ちていく気分になり、『無』に飲み込まれる感じになるんです」
落ち込んだ時には『ミ・バレドール』(スラングで『わが友』の意)の他の女性販売者と会って話をすることが助けになっているという。「販売者になってから、雑誌の仕入れをするための建物に集まり、他の女の子たちとも食堂で会います。彼女たちは勇気があって、怖い顔をしている男の人たちとも友達になれるんです。一見怖そうに見える人が本当は一番優しいのかもしれません。あなたはどう思いますか?」
2015年に創刊した『ミ・バレドール』では、販売者として登録をすると最初に5冊が無料で提供され、その後、1冊20ペソで雑誌を販売し、5ペソで仕入れをする仕組みになっていて、差額の15ペソが販売者の収入となる。
ハダサーは10号から販売をしている。「初めて街頭に立った時、二人目の通行人が買ってくれました。そのあと追加仕入れをすることができて、それからは次から次へと売れた。販売したお金を全部使わないで10ペソでもよいから取っておかなくちゃならないと学びました。そうすれば少なくとも2冊は仕入れることができますから。いつだって新しいことを学んでいるし、そのことが自分を元気づけてくれます」
そしてこう続ける。「気分が落ち込んでいる時は今もゾンビのようになるので、火曜日と木曜日のアートや縫物のワークショップはとても助けになっています。ここに来られたから、もう道に迷うことはありません」
たくさんの人が彼女の話に耳を傾けてくれるという。「雑誌を買うお金がない人も中にはいます。でも、足を止めて耳を傾けてくれたことに心の底から感謝しているのです。だって、私の言葉が遠くまで、そして広く伝わるんですから。以前は私を見かけるとみんなドアを閉めましたが、もうそんなことはありません。神と『ミ・バレドール』に感謝しています。そう、変化は起こるのです!」

(Hadassha Fragoso/ Mi Valedor,INSP.ngo)

『ミ・バレドール』
●2015年創刊。20代の女性6人がスタートした。
●一冊の値段:20ペソ(約120円)。そのうち15ペソが販売者の収入に

(写真クレジット)
Photo: Mi Valedor

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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