販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

Mさん

目標は、アパートに入って仕事を探し、正規雇用の職に就くこと。ただ、しばらくはビッグイシュー販売者でいたい

Mさん

「野宿は2週間ぐらいしました。その2週間はもう仕事も何もしたくなくて、本当に何もやる気が起きないというのはそれが初めてでしたね」
3月から奈良県・生駒駅の売り場に立つMさん(40代半ば)は、ビッグイシューに来る前の状態をそんなふうに語る。それまでも行くあてがなく途方に暮れることはあった。が、仕事への意欲が途切れることはなかった。好きなものを食べて、パチンコをするためにというのが仕事のモチベーションだった。それが40歳を過ぎたあたりから、もうそれも別にいいかな……と思うようになった。仕事にまつわる人間関係のつまずきが重なり、人間嫌いになって働くこと自体が面倒くさくなったという。
「20~30代までは無駄な争いを避けるために、自分が折れたり、心の中で歯ぎしりしながらも頭を下げたりということができたんです。でも、40代になってから変なプライドが邪魔して融通がきかなくなり、人間関係のもめごとがひどくなった。僕自身、昔は口ばっかりで変に凝り固まった年輩のオジサンが大嫌いだったのに、まさか自分がそういう人間になるとは思ってもいませんでした」
出身は大阪の泉州。23歳の時にパチスロで何気なく手を出した闇金の借金が膨れ、逃げるように東京へ。所持金を使い果たして途方に暮れていると、手配師に声をかけられ、建設労働の世界に足を踏み入れた。6年ほど働き、同年代の気やすく話せる仲間もできたが、金銭トラブルなどで関係が悪くなると、東京にも居づらくなり帰阪した。30歳になる頃だった。
「大阪に降り立って実家に電話したら、なんだ今さら!と言われてね。膨れ上がった闇金の借金を兄と親が清算してくれたらしくて、もう2度と電話してくるなって。最悪ですよね。家族とはそれっきり。13年ほど連絡はとっていません」
大阪でも日雇いの建設労働などで日々を凌ぎ、リーマンショック時には生活保護も受けた。だが、人間関係がうまくいかず、面倒くさくなってその場から逃げるということを繰り返しているうちに、冒頭のようなあきらめの心境になったという。特に最後は、公園で作業服や安全帯などの仕事道具一式をカバンごと盗まれたことがダメ押しとなった。
「カバンをベンチに置いてトイレに入った自分が悪かったんです。作業服さえ買い直せば仕事はできたし、そのお金もまだ持ってはいたけど、もう完全にやる気を失っていました」
そんなMさんがビッグイシューの門を叩いたのは、最初の雑誌10冊を無償でもらえると知ったからだ。食料や衣服の支給もあると聞いて、藁をもすがる思いで路上に立った。
「その日の夜に3時間だけ売り場に立ったら、13冊も売れてびっくりしました。楽勝やなって。あとで考えたら、その売り場はしばらく販売者がいなかったので、ねぎらいの意味で買ってくれたんだと気づいたけど、これなら昼間から立てばめっちゃ売れるんちゃうかと勘違いしたのがはじまりでした」
現在は、午前11時から午後8時頃まで販売。1日の売上げは平均十数冊で、なるべくネットカフェに泊まってシャワーを浴びるが生活は楽ではない。なにより売り場でジッと立ち続けるこの仕事は、動いているうちに時間が経って日当がもらえる建設の仕事よりもキツイと感じる。一方で、売り場に立てば自分一人。誰に何を言われることもなく、自分のペースで仕事ができ、お客さんとのちょっとした会話も楽しめる。1日に28冊を販売した時は、あまりにもうれしくてスキップして帰ったと笑う。
「この仕事は良くも悪くも自分次第。売れなければ生きていけないという恐怖感はあるけど、変なプライドがある人間嫌いの自分にはぴったりかなって。そういう意味では、ちょっとやる気も出てきました」
目標は、まずはステップハウス(※)や安アパートに入って仕事を探し、正規雇用の職に就くこと。ラーメン屋などの飲食店で働ければと思っている。ただ、しばらくはビッグイシュー販売者でいたいとも思っている。
「自分の人生を振り返ったら、ある意味、今が一番楽しいかもしれないなって思うんです。もちろん、これで満足していたらダメなんですけど、もう少しだけこの楽しさを味わいたいというか、今はそのせめぎ合いです」

※ 認定NPO法人ビッグイシュー基金が実験的に提供している、住宅支援プログラム。低廉な利用料の一部が、次のステップへの積立金になる。

(写真キャプション)
近鉄奈良線「生駒駅」にて

(写真クレジット)
Photo:木下良洋

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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