販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
ドイツ『ドラウセンズアイター』誌 販売者 リンダ
寒さも病いも感じない路上、祖母の思い出しかなかった。つらい日々から人生の目的を見つけた
1963年にケルンで生まれたリンダにとって、大人になるまで面倒を見てくれたのは、早く死んでしまった祖母だけだった。25歳で結婚して出産したが、暴力をふるう夫から逃れる必要があり、ケルンから離れて田舎へ引っ越した。しかし、その時、新しくつき合っていた男性には前科があり、警察や裁判所とかかわる日々を送った。
「そのうちひどい肺炎になり、1年間寝たきりになって仕事もなくなりました。さらには子どもが家を出ていきたいと言い出し、いきなり一人ぼっちになってしまった。友達も家族も収入もなく、家賃の滞納で家からも追い出されて、私の人生はガラリと変わってしまいました」
この頃から、人目を避け隠れるように生きてきたというリンダ。「手元には何も残っていなくて恥ずかしかった」と話す。頼る人も行くあてもなく過ごしていたが、ひとつだけ心の拠り所があった。「ケルンにある祖母のお墓です。いつも優しく見守ってくれた、誰よりも大好きだった人。私はこの思い出にしがみつきました。その他には、もう何も残っていなかったから」。祖母の墓のそばにいれば少しでも心が安らいだリンダは、墓地の近くのベンチや古い教会の軒下で眠った。
「ガリガリに痩せてしまい、『寒い』も『お腹がすいた』も感じなくなってしまいました。もちろん、自分がひどい精神病にかかっているとも、自分の身体がもう危機感を感じ取れないほど弱っていることもわかっていなかった。だから冬なのに、寝袋もなしで生活していました。万引きをして捕まったこともあります」。今にも凍死しそうだったリンダは、ある人に声をかけられ、シェルターに連れて行ってもらった。その後、病院での療養と数年にわたるセラピーを受けながら、小さな努力をたくさん積み重ねた。
現在、リンダは『ドラウセンズアイター』を販売するほか、コラムや詩を書いたり、3年前には女性の路上生活者を対象にした自助グループ「ケルンのホームレス」を立ち上げた。「何度も自分の過去を話して、女性たちを勇気づけています。私も彼女たちと同じ境遇にいた人間だから、信じてもらえるのです。もう、昔みたいに隠れたりしません」。今では政治的な集会やテレビにも出演し、路上で生活する女性たちについて積極的に発言している。
「彼女たちには訴える場所がないこと、温かい一夜のベッドがほしい彼女たちを利用する人が多いことなどを話します。路上で暮らす女性の苦しみがわかる? 誰にも気づいてもらえないのです、まさに私がそうだったから」。リンダが一緒に暮らしている大切なパートナーのクレイドも、誰からも相手にされず死にかけていた犬だった。
「あのような道を通ってしか、私は人生の目的を見つけられなかった。だから、あのつらい日々にも意味があると思えます。今の私は政治的な活動もしているし、打ち込めることもあるし、確固たる自分がいる。今では、以前よりずっと自分が強いと感じられるようになりました。ホームレス状態だった11年間は、私を別人に変えたのです」 (Christina Bacher, Draussenseiter, 写真も /
INSP)
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
この記事が掲載されている BIG ISSUE
343 号(2018/09/15発売) SOLD OUT
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