販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
小川武志さん
7年の遍歴の後、販売者に復帰。覚悟をもって、初めて猛暑を乗り切り、就職をめざす
15周年を迎えたビッグイシューでは、一度は販売者を辞めたものの再び復帰して雑誌を販売する“出戻り組”もいる。JR神戸線六甲道駅北口に立つ小川武志さん(39歳)もそんな一人だ。辞める以前は08~10年にかけて東京で販売。当時はまだ20代後半で、本欄の「今月の人」にも登場していた(117号掲載)。それから再びビッグイシューの門を叩くまで7年。「いろいろありました」と寡黙な小川さんは言葉少なに話し始める。
10年にビッグイシューのもとを去ったのは生活保護受給のためだったが、その生活は2年で終わりを告げた。社会復帰を勧めるケースワーカーの追い立てにたまらず派遣の職を見つけたのだが、仕事が合わず、それも半年ほどで退職。再び路上生活に舞い戻ったという。それからは手配師に声をかけられての日雇い労働、住居を提供する支援団体による生活保護受給、住み込みの派遣労働などを転々と渡り歩いた。東京から群馬、千葉、広島、姫路……。生きる糧を求めて路上と社会の狭間をさまようようなその遍歴は、聞き取るだけでも一苦労だが、小川さんも「やっぱり疲れますね」。
もともと物心ついた頃から児童養護施設育ち。小5の時に初めて対面した家族とはなじめず、中学卒業後は実家で暮らすも、すべてを否定する父とは相容れず、家に自分の居場所はなかった。「最初から両親はいないも同然ですから。もう15年近く会っていないけど、連絡しても仕方がないんです」
昨年、再びビッグイシューに戻ってきたのは、姫路―大阪間の電車代をかろうじて持ち合わせていたからだ。「東京時代の販売者仲間が大阪にいるのは知っていたし、やっぱりもう1回やってみようかなって。東京の時も3回ぐらい辞めたり戻ったりしていたけど、今回もすぐに受け入れてくれて」。再登録後も何度か売り場を変え、またもやビッグイシューを離れたこともあった。が、今年6月から立ち始めた六甲道の売り場では、これまでとは違う覚悟があったという。
「ビッグイシューの夏はきついぞ!とずっと言われてきて、実は今まで一度も夏を越えたことがなかったのですが、今回はステップハウスに入るという目標があったから、この夏は乗り越えようと決めていました」。販売者として初めての夏が、よりによって統計開始以来最も暑い夏だったが、熱中症になることなく、売上げも落とさなかったことはひとつの自信になったようだ。今も顔には黒々とした日焼けの後が残るが、晴れてステップハウスに入居した9月からは、今度は台風が小川さんの前に立ちはだかった。「9月前半の号は15日のうち9日も雨にやられてピンチでしたが、とにかく売上げを維持して、普通のアパートに入って正社員になるのが今の目標です」
コミュニケーションが苦手で、誰かといるよりも一人の時間が好きという小川さん。もっぱら最良の友は、児童養護施設にいた小6の頃から読むようになった小説だ。赤川次郎から始まり、気がつけば村上春樹の作品をすべて読破。今も暇さえあれば、ジャンルを問わず小説に没頭する。「特に長編が好きで、現実とは違う世界に旅できるのが良くて、唯一の楽しみなんです」
過去に経験した仕事の中でも、不思議と印刷会社や本の取次店だけは長続きした。黙々とできる単純作業のようでありながら、ちょっとした熟練技術を要するところに惹かれた。もちろん今後は雇ってくれるところさえあれば贅沢は言わない。が、「本にかかわれる仕事ならなんでもいいから携わりたい」と秘かに願っている。
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
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