販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
米国テネシー州『コントリビューター』 販売者 マリオ
路上で思いついたビジネスプランで起業、愛犬たちのために家を購入。どん底から這い上がる時、深く感謝し、謙虚になった
マリオと彼の愛犬4匹は、かつて茶色のシボレー(※1)で暮らしていた。マリオが不況のあおりを受けてログハウス塗装の仕事を失い、ホームレス状態になったのは2012年のことだった。その後、米国テネシー州の町ドネルソンにあるショッピングセンターでストリート誌『コントリビューター』を売り始めたのだった。白くてフワフワのグレートピレニーズの愛犬ベアが横にいるおかげで、マリオはいつも周りに気づいてもらえた。
数週間経った頃、お客さんから自宅の敷地内の車庫で住んでもいいと申し出があり、近くの町に移り住んだ。しかし頭の中ではある構想――今後のビジネスプランを練っていた。「雑誌を売っている時、庭師たちが道具を積んだ車で通り過ぎるのを見ていて、あれなら自分にもできるんじゃないかと思っていたんです。私にはトラックがある。あとはお金を貯めて芝刈り機と中古トレーラーを手に入れれば……。やがて、ついにそれは実現しました」
マリオは数ヵ月の間、雑誌販売で得たお金を貯金して、芝の手入れをする会社「ベア・ケア・ローン・サービス」を立ち上げた。かつて住まいだったトラックは今、庭師道具を詰め込んだトレーラーを牽引している。
愛犬の名を会社名にしたのは大正解だったとマリオは話す。「雑誌を買うお客さんは『ベアに骨を買うために』とチップを余分にくれるんです。ですから仕事の道具を揃えられたのはすべてベアのおかげです。私はただお金を回収しただけ。社長はベア。トラックに描かれた絵を見れば、誰がボスなのかわかりますよ。町でトラックを走らせていると、それを見た人から仕事の電話が入るんです」
ベアと出会ったのは約12年前、場所は仕事のお客さんの家だった。ベアは産まれてわずか9ヵ月だったが、グレートピレニーズはこの先大きくなりすぎるとお客さんは知っていた。「ちょうどベアをシェルターに連れて行こうとしていて、私は思わず『だめです!』と言ってしまいました。すると彼女は『じゃあこの犬はあなたのものよ』と。それで、私が引き取ることになったんです」
16年、マリオは雑誌の販売と、庭の手入れ仕事で得た収入で家を購入した。もともと雑誌のお客さんだった人たちの多くが、今度は新しい会社のお客さんになってくれたのだった。「愛犬のためでなければ、このゴールにはたどり着きませんでした。私が仕事をする理由も、続ける目的も、すべてがベアなんです。自分ひとりならどこにでも住めるけれど、犬が走り回れる庭と、雨風をしのげる屋根がほしかったのです」
会社を立ち上げて2年が経ち、今は22もの庭の手入れで多忙だ。「人は大人になる時に、何もかもあって当たり前だと思っています。でも、すべてを失ってまた一からやり直さなければならない時、二回目はもっと大変。だから物事に心から感謝するようになるのです。今では神様が私を人生のどん底までつき落としたのをありがたく思っています。深く感謝し、もっと謙虚になることを学びましたから」
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
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