販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

山本新一さん

お客さんとの交流が楽しくなって、4年半も続いた ガラケーで常連客と連絡、SNSで交流も

山本新一さん

「ここは駅からまとまって人が出てくるので、売りやすいですね」。開口一番、そう話すのは大阪の京阪電鉄樟葉駅のくずはモール前広場に立つ山本新一さん(63歳)。もともと同じ京阪沿線の別の駅で販売していたが、昨年7月から同駅に売り場を移すと、売上は以前よりも好調のようだ。この半年で固定客もつき、隣駅から買いに来てくれる人もいるという。「今朝も2時間ほどで10冊が売れて、このあとの夕方からは一番売れる時間帯なので、今日もそこそこ、いきそうですね」と充実感をにじませる。
ビッグイシューの販売歴は4年半。今ではガラケー電話を携帯して常連客と連絡を取り合うほか、フェイスブックなどのSNSで交流なども行っている。以前の販売場所では自営業を営むお客さんのお店に招待されたり、市会議員と親しくなりイベントに呼ばれて雑誌を販売したこともある。そんな路上から広がるお客さんとの思いがけない交流やネットを介したつながりが、山本さんの今の生活に潤いを与えているようだ。
「この仕事は働く時間も休息も自分次第で決められるから、こういう働き方が自分には向いてる。それに、お客さんとの交流が楽しくなってきたから、4年半も続いたのかなって。この前もコミュニケーションツールとしてほしいと思っていたウェブカメラを買ってしまいました。樟葉でちょっと売れ行きが良くなったから、欲が出てきたんでしょうね。えらいこっちゃです」
出身は、三重県の鈴鹿。地元の高校を卒業後、大手製造業の工場で働き、その後はプレス工や清掃業などの職を転々としたが、過去の仕事のことはあまり多くを語らない。路上生活になったのは、57歳の時。実家に身を寄せていたが、妹家族が二世帯同居していたため、何かと気を遣う生活が嫌になり、大阪に出てきてそのままホームレスになった。今も夜は中之島公園のベンチで眠り、雨の日にはネットカフェに泊まる生活という。
「ずっと同じベンチで寝てるけど、下から冷えてくる寒さにはもう慣れました。抵抗力がついたのか、肉体的にも3年ほど前に1度夏風邪をひいたきりどこも悪くならないんです。今はネットカフェで横になってインターネットゲームをしている時が、一番気が休まりますね」
一方で、年末年始やGWなどの連休時には実家に戻るのが恒例行事になっている。「僕は地元の教会に所属するキリスト教信者なので、元日礼拝などの行事に出席して、また大阪に帰ってくるんです。妹家族もビッグイシューで働いていることは知っています。僕自身、おせち料理を食べて路上に戻ってくることに抵抗は感じていないし、またがんばろうと思えます」
今後の目標についても、あまり切羽詰まっては考えていない。むしろ、できることならビッグイシューの仕事を生涯の仕事にしたいとさえ思っているという。
「仮に今以上のことを望んだとしても年齢が年齢なので、そんなに簡単に手にいれるのは難しい。こんなこと言うといけないのかもしれないけど、自分の人生を振り返っても今が一番自分らしく生きられているような気がするんです。お客さんと交流して信頼関係を築いて、その人たちがまた雑誌を買いに来てくれる。そういう楽しさはこれまでの仕事では得られなかったから、許されるならずっとこの仕事を続けていたい」

(販売場所写真キャプション)
京阪電鉄樟葉駅前にて

(写真クレジット)
Photos:木下良洋

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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