凍傷で指を失うも「愚痴は言わない」　双極性障害の治療、恋人との同棲で安定した日々を送れるようになった

重たい荷物を地下に運ぶ、床が汚れたらモップをかける――。『ストリート・ルーツ』の事務所でやるべきことがあれば、誰よりも先に動くのは販売者のジェイソン・シアーだ。「ここで働き始めた頃は朝早くに事務所に来て、受付の雑用をやっていました」と彼は言う。「事務所をきれいにしておくと、訪れる人たちが歓迎されていると感じられる。僕にとってはそれが大切なのです」
シアーが『ストリート・ルーツ』の販売者となって８年。「おかげで安定した日々を送れています。この仕事をしていなかったら、もっと行き当たりばったりの暮らしをしていたと思います」。販売者になった当時は路上暮らしだった。数年前の冬には凍傷を負い、指１本と他数本の指先を失っている。
「雨と雪が降る日でした。毛布も十分に持っておらず、いた場所もよくなかったのです」と、シアーは当時を思い出しながら語る。「指先が黒ずんできて、翌朝、事務所で手を洗いました。汚れだと思っていたのに、ごしごしこすってもまったく落ちない。それでやっと凍傷だと気づいたのです。足は靴下を履いていたので大丈夫でした。事務所が支給してくれたものです」
今でも手が冷えると痛みがあり、靴ひもを結ぶ、ボタンをかけるなど日常の動作にも苦労しているという。「販売する時は手袋を二重につけていますが、そうすると雑誌を持ちにくくてね……。雨の時は特に」。だが、こんな状況が続いても、シアーは愚痴をこぼしたり自分を哀れんだりということをほとんどしない。「愚痴を言っても人生はやっていけません。なんとか克服して、前に進むしかないんです。もちろん、言うは易し、行うは難しですが」
雑誌販売が続くと、ほかにも変化が訪れた。一つは、長年診断がつかなかった双極性障害の治療を受けられるようになったこと。「双極性障害のせいで、かなり苦しい時期がありました。学校でも家でも理解してもらえず、トラブル続きでした。躁かうつか、自分では一切コントロールできない。ハンドルを握らずに車を運転しているようなものです」と説明する。
「何か変だとはずっと思っていましたが、大人になるまで何の検査もしてもらえませんでした。躁状態になると、一日中、外を徘徊し続け、自分では止められないのです。検査を受けたのは昨年のこと。今は３ヵ月ごとに注射を打ってもらい、薬を処方してもらっています」
そしてもう一つは、長年の恋人クリスタが彼女のアパートで一緒に住もうと申し出てくれたのだ。同棲してかれこれ２年が経つ。「今は、生活費を払えるようになるのが目標です」と彼は言う。シアーは雑誌販売で稼いだお金で列車のチケットを買い、カリフォルニア州に住む家族にも定期的に会いに行っている。
　信仰心は強いのかと聞くと、彼はこう答えた。「教会には行きますが、信仰心が強いとは思いません。それよりも毎朝目覚めることのほうが崇高なことだと思います。とりわけ、路上で生活していた頃は、目を覚ますこと、今日も生きていることを、とても気高いことに感じていました」

（Helen Hill, Street Roots / INSP）

『ストリート・ルーツ（Street Roots）』
●１冊の値段／1ドル（そのうち75セントが販売者の収入に）
●発行回数／毎週
●販売場所／オレゴン州ポートランド

（サブ写真キャプション＆クレジット）
数年に一度は雪が積もるポートランド　©Shutterstock.com

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

今月の人一覧