販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
米国・シアトル『リアル・チェンジ』販売者 ブライアント・カーリン
15歳の時から写真を撮り続けてきた。販売中の出会いをきっかけにフォトグラファーとしてNPOに加わる
ブライアント・カーリンは2004年から断続的に『リアル・チェンジ』を販売している。ホームレス状態になってほぼ1ヵ月が経った頃、他の販売者に勧められて販売をスタートしたのだった。カーリンはアルコール依存症であり、それが原因で苦しんでいる。
「慢性か長期的なホームレス状態にある時、主な要因は2つ。つまり依存症か精神疾患か、その両方であるというのは正しいと思います。アルコール依存症と向き合う時に最も大変だと思うのは、お酒が合法ってところです。どこでも買えてしまいますからね」とカーリン。「最終的には、お酒に『ノー』と言えるようにならなければいけない。アルコールから逃げることはできないのだから」
カーリンはアラバマ州バーミンガムの中流家庭で生まれ育った。4歳年下の妹と、片親が同じ20歳ほど下の弟がおり、家族のほとんどは今もアラバマ州の閑静な住宅地に住んでいる。
カーリンは元々、アラスカに行って野生動物写真家になろうと思い、94年、玄関口であるシアトルへ移住してきた。ところが、アラスカよりも冬がはるかに過ごしやすい太平洋沿岸北西地方の風景に惚れ込んだのだった。
初めて自分のカメラを持った15歳の時から、カーリンは写真を撮り続けてきた。紅葉の撮影のためにフロリダとグレート・スモーキー山脈国立公園(テネシー州)を旅した時、カーリンは自然がどれほど速いスピードで移り変わるかを知り、それを捉えてフィルムに収めるのが自分の天職だと感じた。大学で写真学を専門的に学んだわけではないが、生まれ育ったアラバマ州の豊かな自然の中で、他の人が見逃してしまう瞬間をカメラに収める術を培った。
最近になって、カーリンが販売場所の定位置であるフィニーリッジ地区のスターバックス・レッドミル店で『リアル・チェンジ』を売っていた時、素晴らしいカメラを持った若者を見かけて話しかけた。すると「私の連絡先を渡した1週間後に彼が連絡をくれて、面接してもらうことになったんです」。面接先は環境問題に取り組むNPO『カンバセーション・メイド・シンプル』で、カーリンはフォトグラファーの一人としてNPOの一員に加わることになった。「販売者として出会ったので、彼は私がどんな経済状態かも知っていました」
そうしてこれからの約2年間、カーリンは記録写真家になるためオリンピック山脈(※)まで撮影遠征に赴くのだ。冬には主に「日の出」と「月の出」、春はアメリカアカシカ(鹿)の出産時期をねらい、クイーツ温帯雨林で過ごす予定だ。夏はオリンピック山脈の東峰に赴き、その後、発情期の雄鹿が戦いを繰り広げる秋に再びクイーツ温帯雨林に戻る。
「その頃には春と秋の5ヵ月をシカとともに過ごすことになり、シカの群れのことをよくわかっているはずです。以前3ヵ月にわたってシカを撮影した時、ある群れは200m前後まで近づいても逃げなくなったことがありました」
山にいれば酒は飲まない。都市生活とアルコール依存から離れるためにも、カーリンは自然の中に繰り出すのだという。依存症と路上生活も、カーリンが写真家となるのを止めることはできなかった。
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
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