販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
『ビッグイシュー 韓国版』販売者 イム・サンチョル
常連客への手紙52通が書籍化 書くことで過去に向き合い、人生を受け入れられた
18年のホームレス生活を経て『ビッグイシュー』の販売者となったイム・サンチョル。路上に立ってすぐに気づいたことは、雑誌販売の仕事は簡単ではないということだった。しかし、人々に無視されても、冷たい視線を向けられても、彼のやる気が削がれることはなかった。
「6年前に『ビッグイシュー』を売り始めた時には、あまり雑誌のことが知られていなかったんです。みなさん、雑誌そのものよりも販売者の方に興味があったようで、かなり居心地の悪い思いをすることもありました。でも、それを避けるよりは向き合おうと思い、自分の話を伝えるためにお客さんへ手紙を書き始めました」
そうして書き溜めた手紙が、1冊の本『今日、明日、明後日の人生』(未邦訳)として最近出版された。ストリートペーパーを売る生活についてスケッチを交えて書いたもので、1年分52通の手紙がまとめられている。「それはまさに美しい幸運でした」とサンチョルが語るように、書籍化のプロジェクトは出版社に勤める常連客が手紙に興味を持ってくれたことからスタートした。その後、クラウドファンディングで234人から支援を集め、出版にこぎつけた。
本を開くと、そこには若かりし頃のサンチョルが自作のスケッチとともに生き生きと描かれている。しかし、自分の人生に向き合い、表現するのは気安くできることではないだろう。「私は18年も屋外で寝起きする生活をしてきて、つらい月日を経験してきました。その頃は毎日を生き抜くのに精いっぱいで、自分の過去のことなど完全に忘れていましたが、文章を書こうとした時、過去を振り返るようになりました。家族や友人と連れ立って通り過ぎていく人たちを見て、自分の大切な人たちを思い出し、日々断片をメモしていったんです」
時には孤独を感じ、湧き上がる感情に対処しなければならなかった。「でも、あきらめたくなかったんです」とサンチョルは言う。「過去は私の一部ですから、それを受け入れる必要がありました。以前から、路上生活を送る人生を変えたいと思っていたので、販売者になって自分に自信がつきましたね。体調がよくない時や何も書くことが思いつかなかった時には、何度か新号の発売に間に合わないこともありました。でも、日々書くことを通じて、よりよい自分になれたと思います」
「それから、ビッグイシューは私に“家”と呼べる場所をくれました。今の私は昼間に雑誌の販売をして、夜は芸術活動に取り組んでいます」
今後の夢は、芸術家になって初の個展を開催し、ビッグイシューから卒業することだという。「私のような名もない人間が本を出せるなんて普通はありえないことですが、もしもこれが売れたら、他の無名の人にも本を出すチャンスが訪れるでしょう。絶望している人たちに希望を与えることができたらいいなと思っています。誰もが、輝くことができる何かを持っているはずですから」
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
この記事が掲載されている BIG ISSUE
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