販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
ドイツ『トロット・ヴァー』販売者 エマニュエル・バラノフスキー
東ドイツから西ドイツに望みを託して移住。視覚障害、依存症、心臓手術、借金を乗り越え、今はこの自分に満足している
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ドイツ・シュトゥットガルトのストリート誌『トロット・ヴァー』で最も販売歴の長いエマニュエル・バラノフスキーは、25年目のベテラン販売者だ。1958年に旧東ドイツで生まれた彼は、幼少期から重い視覚障害をもっていた。だが、大学ではコンピューター技術者を目指して勉強するなど「後々人生がうまくいかなくなるまでは深刻な問題ではなく、比較的普通に生活していたんです」とエマニュエルは言う。仕事を得て結婚し、一人娘も授かった。
89年にベルリンの壁が崩壊した時は31歳。家庭と仕事がうまくいかなくなり、旧西ドイツの生活に望みを託して移住した。「職業訓練の経験を積み、資格をとれば認めてもらえるのではないかと思っていました。でも、訓練は障害のある人には利用できなかった。仕事を紹介されても、視力のせいで続けられないこともありましたね。高い棚が並ぶ倉庫で小さな数字を読むのは大変でした。さらに、異なる社会制度にも順応できず、悪い友人たちとかかわり始め、どんどん転落していったのです。自分では気づいてさえいませんでしたが」
そのうちエマニュエルは無職になり、緊急シェルターに入ることとなる。「犯罪者も一緒に住んでいたし、夜は酔っ払いたちが危険で、近くの森に張ったテントで寝ていました」と話す。「最初はあきらめの気持ちしかなく、役所に行く気力もなかった。自分がアルコールやギャンブル依存に突き進んでいることからも目をそらしていました。そんなこと誰だって認めたくないですから。そして、自分の境遇を他人のせいにしていました。『自分のやれることはやったんだ』と」
トロット・ヴァーに出合ったのは95年。「眼鏡をなくしてしまい、視野が17%しか残っていないこの眼ではほとんど何もできませんでした」。でも、雑誌販売を始めると「おお! これはうまくいく」と手応えがあった。「役所に頼らなくても真っ当な方法でお金を稼げる。そう考えるとうれしくなりました」とエマニュエル。
次第に、また役所のことを信用できるようにもなっていった。「以前はよくひどい扱いをされましたが、お酒のせいで私自身の態度もよくなかったんです」。出会ったソーシャルワーカーの支援もあり、アパートを借りられた。雑誌販売の常連客は家具を寄付してくれた。「01年には、なんとか二つの依存症から抜け出しました。完全に禁酒できているわけではありませんが、飲み方をコントロールできるようになりましたね」
翌年には心臓の手術を受けた。医療費などでトロット・ヴァーから借りた1万ユーロ(約120万円)は「朝食を作ったり掃除をしたりして、社会奉仕(※)というかたちで8年かけてようやく完済できた。自立にまた一歩近づけました」と話す。
エマニュエルの目標は、10年前に音信が途絶えてしまった娘ともう一度連絡をとること。そして、生活保護に頼らずフルタイムで働くことだ。「この夢はまだ叶えられていませんが、人生には忍耐がつきものでしょうから、今はこの自分に満足しています」
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(Emanuel Baranowski, Trott-war / INSP / 編集部)
※ community serviceと呼ばれ、欧米諸国では軽犯罪者などが刑務所に入る代わりに、公園の掃除などの軽作業を更生の目的で課すことがある。
ドイツでは貧困者が医療費などを支払えない場合、罰金を科す代わりにこの制度が適用されることがある。
『トロット・ヴァー(Trott-war)』
●1冊の値段/2.6ユーロ(そのうち半分が販売者の収入に)
●発行頻度/月刊
●販売場所/ドイツ南東部の都市・シュトゥットガルト
(メイン人物写真クレジット)
Photo : Sylvia Rizvi
(サブ写真クレジット&キャプション)
トロット・ヴァーのトークイベントに登壇するエマニュエル(右)
Photo : Trott-war archive
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
この記事が掲載されている BIG ISSUE
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